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吸い込まれるかと、思った。
それが、初めてその「色」を見たときの、感覚のすべてだった。
ここが、ざわざわとしたショッピングモールの端にある、簡易な展示スペースであることも、近くのフードコートに友人を待たせたままであることも、このあと買いに行くはずだったアルバムのタイトルも、すべてその色に呆気なく塗りつぶされた。
海と青空。そのキャンバスに描かれていたのはそれだけ。
でも、そこにはすべてがあった。
波の音、潮の香、肌を焼く太陽の光線、溶けそうなアイスクリームの甘ったるい味。
そんなすべてを一気に蘇らせる、上下に分かれたふたつの青色。
こんな色を描ける人間がいる。しばらく立ち尽くして、やっと戻ってきた呼吸を自分の身体に馴染ませながら、おれはそのキャンバスの下に貼られた小さな紙を眺めた。およそこの繊細な色彩とは似つかないぞんざいな字で、「蘇芳日和」と走り書きしてある。
「すおう……?」
ぽつりと呟いたその色の名は、よく知っているものではあったが、この絵の前では不思議な響き方をした。同じ名を持つ植物から抽出されるこの色は、少し黒みを帯びた深い赤色。情熱的で高貴な色とされる一方で、血の色を連想させる点から、不吉な色として扱われることもある。
今おれの目の前に広がる、キャンバスから溢れ出して辺りを満たすような、涼やかでどこまでも澄んだ青とはどこか対照的な色のイメージが、自分が零した色の名とせめぎ合うように反響する。
それはどことなく、何かを予感させる響きだった。
吉兆か、それとも逆か……おそらくは見るものによって、どちらの色にも染め変える不思議な色の名。ぞんざいな字で書かれた「蘇芳」の字が、なぜか心に残った。
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