それぞれの立場

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 西城の学食は各クラスがある南側の棟、通称南棟(なんとう)の後ろの棟―北棟(ほくとう)―の二階だ。  三階が特別教室、四階が文化部系の部室と図書室で、棟の移動は二階と三階の中間にある東西二つの渡り廊下を使う。  通常ABは東、DEは西、Cは好きな方を利用している。  棟の間には中庭があり、校舎の東側に煉瓦(れんが)で舗装された歩道を挟んで、運動部の部室が東に向かって一列に並び、その前に第二グラウンド、裏手に体育館と剣道部、柔道部の道場と各々の部室、そのまた後ろにテニスコートと収納庫があり、そこだけ他の敷地より高くなっている。  そして校舎の前がメイングラウンドで、北斗達の野球部も普段はそこが練習場になる。  練習試合等は大概マリンパークの球場で行われる為、試合をしているところは残念ながら見た事がない。  だけど丘自体には他の建物が少ないから、高校の敷地面積は広い方だと思う。  ただテニス部の面々は、坂道の多さに閉口しているけど。  五十分間の昼休み。  今、俺達が目指しているのは、北棟の二階ではなく、ずらっと並んだ部室の東端、雑木林の手前にある、生徒達の息抜きのスペースだった。  中庭も似たようなものだけど、上から丸見えでオープンな雰囲気だ。  反対に一人になりたい時や、落ち着ける場所を求める時は、みんなこの場所を利用する。  第二グラウンドと道場に挟まれたここには、西城高のシンボルでもある樹齢百年以上の大銀杏がそびえていて、それを囲むように数客のベンチが置かれている。  部室の横には自販機があるから、夏の暑い日や、冬でも天気のいい日には、何のつながりもない生徒が意外に大勢いたりもする。だけど、今日は少し肌寒いせいか俺達以外には誰もいなかった。 「藤木、寒くない?」 「平気。吉野は?」 「俺、田舎育ちだから寒いの慣れてる」 「『田舎』って?」 「ここから車で三時間ほど走った山間部」 「そうなんだ。でも…それもなんだかイメージと違うよ」 「そう? そうかもしれないな。俺、四才までこの街に住んでたから」   面白そうに俺を見る藤木にいきなり自分の出生を告げると、巾着型の弁当袋の口を開けかけていた手が止まった。 「え? どういう事?」  不思議そうに首を傾げた彼に食事を促し、俺も購買で買ったサンドイッチの袋をパリッと破ってみせた。 「……四才の冬、家族で車に乗ってて事故に遭ったんだ。両親は二人共その時に俺を庇って死んだ」  手にしたハムサンドに視線を落とし、淡々と話した。  感情を殺さないと言葉が出てこなくなりそうで、そんな想いを察したように、藤木も黙って聞いていた。 「一人になった俺を父方の祖父母が引き取って、十一年育ててくれたんだ。だから俺にこの街の記憶はほとんどない。けど一人だけ、覚えてる子がいたんだ」 「覚えてる子……」 「うん。俺、その子に逢いたくて西城を受験したんだ。『おーちゃん』って呼んでた、生まれてから離れ離れになるまでずっと一緒だった、俺の一番大切な―――」 「『おーちゃん』? それって……まさか、北斗?」  呆れて隣を見た俺は、思わず溜息を吐いた。 「藤木、勘よすぎ。なんでそこでわかるんだ?」  まじまじと見つめる俺の視線を見返して、何故か否定するように藤木が軽く首を振った。 「当てようとしたんじゃない。何でか口を衝いて出ただけ。そんなわけないとか、考える間もなく。……冗談のつもりだったかも」 「………」  何だ? それは。  けど、言い当てた本人は、本当に俺以上に呆然としていた。 「だって、『大切な』って言った瞬間、北斗と吉野が重なったんだ、僕の中で」  それだけ言うと、やっと北斗の噂話を思い出したらしい。「でも…そうだよ、北斗の想い出の子は女の子で、しかも死んだって―――どういう事? あいつ、嘘ついてたのか?  それとも、あの噂の子と吉野とは、別人って事?」  驚きとも、憤りとも判別しにくい。でも、明らかに非難めいた口調。  藤木にとっても、北斗は信頼に値する人間なんだ。  俺の事を打ち明ける……あるいは俺達の関係が知れた時、北斗の信頼まで失わせてしまう可能性があると、やっと思い至った。  藤木でさえ北斗を疑うんだ。  信用しているからなおさらだけど、北斗を慕う奴らは間違いなく、騙されたと思うだろう。そんな事、絶対させられない。 「いや、あれは俺の事だ。けど、あいつは本当に死んだと思ってた。俺が生きてたってわかった時、膝をついて中々立ち上がらなかったから」  北斗のショックを強調するために実際の様子を伝えると、藤木がびっくりしたように目を見開いて、身も蓋もない事を言った! 「腰抜かしたの!? あの北斗が? うわ……信じられない。僕も見てみたかったよ、そんなに動揺したところ!!」  明らかに興奮気味に、山崎と似たような感想(こと)を叫んだ。  北斗への疑いは晴れたみたいだけど、……うーん、ちょっとまずかったかな?   やっぱり山崎には絶対秘密だ。
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