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咳払いして、北斗が嘘をついていたわけじゃない事を、念押ししておく。
「まあ…本当に驚いてたから、嘘なんかついてないよ、あいつは。それに『女の子』っていうのもあいつは言ってない。聞いた方が勝手な解釈しただけ」
「そう、…なら北斗の大切な子って、本当に吉野の事だったんだ」
呟くと、今度は黙り込んでしまった。
「藤木? どうかした?」
「ん、何でもない、ちょっと戸惑っただけ。北斗の好きな子の話は有名だし、男連中の間でもそんな所、人気あったから。…だってあの外見で抜群の運動神経だよ、おまけに頭もいい。普通ならどんな子でも彼女にできるし、その気になれば奪う事だって簡単だ」
「……うん、たぶん」
北斗に限ってそんな事はありえないと知りつつ同意すると、
「それなのに死んだ子の事だけ想い続けて、浮いた噂なんか一度も聞かない」
俺に相談を持ちかけてきた時の西沢と同じような事を言う。「バレンタインも告白も全然受け付けないし……仲間内でも『何かものすごい事がない限り、北斗の心は動かない』って話してて、誰があいつの心を捕らえるか、本人には内緒だけど密かに楽しみにしてたのに……その根底が覆されたんだ」
それを聞いて、なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。
「そうだったのか、…ごめん、楽しみ奪って。それに男で」
何でこんな事を謝罪しないといけないのか?
理不尽な気がして心で首を捻りつつ、それでも一応謝ると藤木が慌てて手を振った。
「あ…いや、そんなつもりじゃないよ。でも……なんだ、高校になって北斗の雰囲気が変わったの、そのせいだったんだ。水臭いなあ、一年も黙ってるなんて」
拗ねたようなその言葉を「それ、違う」と、すぐに否定した。何が違うのか見当もつかない様子で「どこが?」と聞き返す彼に、もう一つの真相を打ち明けた。
「俺達、すぐにわかったわけじゃない。九月の…秋分の日に北斗の母さんが教えてくれるまで、お互い全然気付かなかったんだ」
「はあ? 何それ?」
首を傾げかけて、すぐに事情を察する。
「……ああ、北斗は仕方ないか、死んだと思ってたんだから。でも吉野は? その子に逢いたくて、たった一人でここに帰ってきたんだよね? それなのに気付かないって、あんまりじゃないの?」
頭の回転が速い奴は本当に鋭い。俺はどう答えていいか考えてしまう。
ちゃんと藤木に自分の気持ちを伝えられるだろうか?
「それが……実はおーちゃんより北斗の方に興味を持ってしまって……」
「? わからないよ、どっちも同じじゃないか」
「うん、そうなんだけど……知らずに北斗に惹かれて、おーちゃんの事はちょっと横に置いてたんだ。そしたらおばさんに事実を知らされて、お互い驚いたってわけ」
「うーん、…なんかややこしいなあ。でも、まあ今は昔の自分達と繋がったって事?」
「そうそう、そういう事。で、俺のじいさんが――」
「吉野を育てた人だね?」
訊かれて頷きながら、俺のたどたどしい説明をこんなにスムーズに理解してくれるのは、きっと藤木しかいないなと改めて実感した。
「そのじいさんが、北斗を俺以上に信頼して、うちに一緒に住んでくれって頼んで、今……同居してるんだ」
「え! 北斗と……吉野が?」
何回か驚きの表情を見せた彼だけど、今のが一番びっくりしたみたいだ。
「うん。北斗、母子家庭だっただろ? おばさんが去年再婚する事になって、でも北斗はそのまま一人でアパート暮らし続けるって、言い張ってたんだ」
「ああ、あいつならそう言うだろうね」
うんうんと頷いてる。お互い昼食はそっちのけだ。
俺は確実に伝える事に専念し、藤木は正しく受け止める為に、神経を集中させている。
「で、北斗の飼ってる犬が元々俺のだった事もあって……」
「あ、知ってる。ランディーだろ?」
口を挟んだ藤木に「うん」と返事をすると、納得するように深く頷いた。
「そうか、…そういう事になるんだ」
「――実際に犬の世話を北斗に頼んだのがじいさんだったんで、よけい責任感じて……一緒に住んだら家賃はいらないし、犬も嬉しいだろうって、それに俺を一人にさせとくより安心だって言ったんだ」
すると藤木が、膝に抱えていた弁当袋に視線を落として、ポツリと呟いた。
「そうかなあ、……よけい危なくなったんじゃないの?」
だけど俺にはその意味がわからなかった。「え?」と聞き返すと、
「別に……何でもない。でも、北斗がよく了解したよね」
内容をころっと変えてきた。
「……じいさんに脅されたんだ。『一緒に住まないなら、犬を返してもらって礼をしないといけない』って」
「うわ、北斗の一番痛い所だ! すごいおじいさんだね、急所を的確に衝いてるよ」
「そう? なんか悪代官みたいで嫌だったけど……」
すると、藤木がクスクス笑い出した。
「『悪代官』。吉野、時代劇が好きなの?」
「俺じゃなくてばあちゃんだ。毎日その手のテレビ見てたから。…ま、そんなわけで、今二人暮らししてるんだ」
話し終わって、やれやれとほっと息を吐いた俺とは対照的に、藤木の方は今まで聞かされた内容を、頭の中で整理していたらしい。
「なんか…短時間でものすごい事、一杯聞いたよ? 吉野は元々この街の人間で、四才の時両親を亡くして、中学卒業まで田舎で暮らしてたんだよね」
まとめる藤木に「うん、そう」と、相槌を打つ。
「で、高校になって生まれた街へ帰って来て、今、子供の時一番の友達だった北斗と一緒に、二人で吉野の家に住んでいる、と」
そう締めくくった藤木に思わず拍手を贈りそうになった。ハムサンドが手の中になかったら、きっと叩いていた。
「完璧だ。藤木、すごい!」
感心する俺を呆れ顔で眺めた藤木の瞳が、僅かに戸惑いの色を覗かせた。
「あの、…これって二人のトップシークレットじゃないの? 誰も知らない事だよね」
「うん。山崎と、一年の相原だけ。藤木で三人目だ」
「相原……って誰? 聞いた事ない」
聞き覚えのない名前に、すぐ反応する所はさすがとしか言いようがない。
「俺の田舎の後輩。ピッチャー志望で中学の先生が北斗の事を知ってて、この高校を推したんだ。で、俺と北斗もこの冬彼に会いに行って、北斗が『西城に来い』って誘った。だから大体の事情は知ってる。試験中はうちにも泊めたし」
「野球繋がりか。…でも、それならどうして僕に? そこまで吉野や北斗と深く関わってないよ?」
「北斗が、今年俺達の担任丸山先生って知って、配布物とか遅らせる常習犯だから、信頼できる奴増やさないかって言ったんだ」
「北斗が?」
「そう。藤木なら担任のフォロー上手にするし、何より俺が藤木を気に入ってるって、知ってるから」
弾かれたように「え…」と小さく声を上げた藤木に、ためらっていた胸中を明かした。
「俺…今朝その事考えてて、藤木に声かけられたの気付かなかったんだ。話すの迷ってて……あ、信用してないとかじゃないから、誤解しないで欲しい。ただ……周りに知られた時のデメリットが大きくて、それに北斗も噂の真相を皆に明かす気はないって言ってるし、俺もそれに同意してる。でもそんな事、打ち明けられた側の負担を考えたら、自分達の都合だけで巻き込んでいいのか……とか、色々とね。一昨日、クラス委員を決めた事も」
「え?」
「俺は藤木を信頼して推薦したけど、藤木にとったら重荷でしかなかったかもしれないって反省してたところだったから……自分が剣道部の主将候補って言われるまで、そんな事思いもしなくて……藤木に悪い事したって後悔してたんだ」
「そんなこと……」
「うん。今朝本音を聞いて驚いた、それに病気の事も。だけど藤木の口から聞けたのが何より嬉しかった。だから、俺も藤木には自分の大切な事は自分から言いたい、そう思ったんだ。負担になってしまったら、ごめん。忘れてくれていい。けど、俺もそう考えるくらい、藤木の事は大切な友達だと思ってるから」
藤木を真っ直ぐに見つめてそれだけ伝え、手にしていたサンドイッチをようやく一口食べた。藤木の手も止まったままだった事に気付いたから。
俺が食事を始めると藤木も弁当の蓋を開け、中身を口に運び出した。
ほっとして二つ目の卵サンドを頬張っていると、彼が不意に呟いた。
「……ありがと、吉野」
「ん? 何? 何か言った?」
よく聞き取れなくて尋ねたら、「いいや」と首を振り食事を続ける。
何て言ったのかわからない。でも、その横顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
きっと悪い言葉じゃない、そう信じて俺も最後の一切れを手に取った。
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