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ダイニングに入り、俺のやりかけの宿題に目をやって、鞄から教科書とノートを取り出す北斗に、
「ここでするならコーヒー入れようか?」
と声をかけると、「頼む」と答えてすぐ宿題に取り掛かる。
こいつの集中力はやっぱり普通じゃない。
同居を始めてから、コーヒーを飲む回数が格段に増えた俺と、食後に必ずお茶をすすりだした北斗。
二人の色が混ざり合い、今までとは少し違った生活スタイルになっていた。
シャープペンの芯を足す北斗を横目にキッチンに行き、食器棚からコーヒーカップを二つ出す。
バレンタインのチョコケーキのお礼に、ホワイトデーの日、バイト先で選んで買ったマグカップ。
クリスマスプレゼントはお互い何だかなー、な感じで終わってしまったから、日頃の感謝の気持ちも込めて、いつかちゃんとした物を贈りたいとずっと考えていた。
外側は取っ手が付いただけの真っ白な陶器で、太い線と細い線が横に二本入ったシンプルなものだ。けど、カップの内側が、その線の色を薄めた色で淡く色付けされてて、それがすごく綺麗だったんで、つい自分の分も買ってしまった。
もちろん北斗にはブルー系、俺はグリーン系にした。
俺から北斗への、初めてのまともなプレゼントは、千円ほどの安価なものだ。
にもかかわらず、贈った日からずっとこれだけ愛用していると気付いた時、仁科さんの言葉が胸の中に蘇った。
『プレゼントって、渡して終りじゃなくて、使われているのを知った時初めて、贈った喜びが生まれるんだ。
親しい人や一緒に暮らす人への贈り物は、相手の生活が見えるから特に難しい。だからこそ喜びも一入なんだよ。
そんな気持ちを提供する手伝いだ。いい仕事だと思わないかい?』
北斗はその話、聞いただろうか。
ギフトショップで働く俺にくれた、仁科さんの訓示だったのか。
スプーン一杯のコーヒーとクリープ、それに一本の砂糖を二人で半分ずつ。
部活やバイトの後は、少しだけ甘みを足しておく。
半年かけて覚えた北斗好みの味。
『上手に入れてる』と言ってくれたから、インスタントしか入れられなくても、ずっと「美味しい」と言われたい。
二つのカップを手にダイニングに戻り、向かいの北斗に手渡すと、「サンキュ」と、受け取ってそのまま口を付ける。
少しだけ心配で……見守る俺に、
「ん……最高。いつも美味しいコーヒー、ありがとな」
そう言って、満ち足りた笑顔を寄こしてくれる。
喜びがじんわりと心に広がって、知らず笑みが零れた。
高価でも貴重でもない、たった一つの何でもない物が、お互いの心を満たしてくれる。
それが仁科さんの言ってた、贈る人と貰う人の喜び、ということなのかな?
もしそうならその気持ち、ずっと忘れず大切にしていきたい。
そして贈りたいと思う相手には、いつも傍にいて欲しい。
そう願うのは、俺の我侭になるんだろうか?
教科書を捲りながらコーヒーを飲む北斗を、知らない内にぼんやりと見つめていた。
視線に気付いたらしく、『何?』と目で訊かれ、慌てて首を振り、宿題の続きを片付けるべくやりかけの問いを読み返す。
沈黙の中、今度はノートに走らせるシャープペンの音が、異様に大きく感じられた。
「あー、やっと終った。瑞希は? あれ……こら! こんな所で寝るな!」
その声で、少しだけ目が覚めた。
「ん………何、終った?」
「ああ。悪い、待っててくれたのか」
「んー、そのつもりだったけど……寝てた」
テーブルにうつ伏せたまま返事をする。
「……そうらしいな。部屋行って休めよ、俺も片付けるから」
「え~ 北斗に話したい事が一杯あるのに~」
「話せる状態じゃないだろ。声、伸びてるぞ」
呆れたような溜息交じりの声が聞こえ、むっとして一応抗議する。
「伸びてなーい。藤木や剣道の事や、他にも……色々………」
「酔っ払いか、お前は。……そう言えば酒飲んだ瑞希、見たことないな。
寝ぼけてこれなら酒癖も悪そうだよな。一度試しといた方がいいかも」
楽しそうな北斗の声が、なんとなく聞こえる。
話したい事は沢山ある。だけど、体力の限界がきていた。
立ち上がることも忘れ、テーブルに突っ伏して、身動きすらできず、夢とうつつの間でたゆたっていると、しばらくして身体が起こされた。
「……ん………」
急に支えがなくなり、不安に襲われ身じろぐと、今度は浮遊感が全身を包む。
「俺に、階段抱いて上がれってか? さすがにそれは自信ないぞ。
それに、瑞希の部屋に入る勇気も……な」
――なに? 北斗に勇気がない?
夢だな、これは。
……やっぱり、ゆらゆら揺れて気持ちいいー
と思ったら、その浮遊感が突然なくなり、いつもと違う少しひんやりした肌触りに違和感を覚えた。
「―――さむ………」
身体を丸めて縮こまると、すぐに温かいものにくるまれる。
これは覚えがある。
そう感じて安心した途端、もう完全に意識が無くなっていた。
違和感の正体が一階の和室の布団のせいで、ゆらゆら揺れたのは、北斗が俺を和室に運んだからだと、翌朝目覚めてすぐに知った。
布団の上で、強烈な自己嫌悪に陥る俺に、襖を開けた彼が、
「おはよ、布団たたんどけよ」
と、声をかけて行く。
いつも通りの優しくて意地悪な奴に、「わかってるよ」と突っ張る俺。
だけど、ぐっすり眠れた今朝の寝覚めは、最高によかった。
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