不協和音

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 久保達のすぐ後に主将達が道場に入り二十三人全員揃うと、県大会に向けロードワークを外した稽古が始まった。  けど、その間も集中力を欠いたのはわかっていた。  ラスト一時間、千藤先生がいつもより三十分以上遅れて道場に姿を見せた。 「遅くなって悪い。吉野、今日は二本だけだ」  その途端、部内の雰囲気が変わった。  今までの、ピンと張り詰めた厳粛なものとはほど遠い。  しんとして、だけどどこか淀んだ空気。  その異様な気配に、先生が気付かないはずない。 「……何だ? お前ら、喧嘩でもしたのか?」  (あた)らずといえども遠からず、だ。  その中心に自分がいるなんて思いもしないのか相模主将に事情を問うけど、主将も理由を告げる事なく「いえ…」と言葉を濁す。  それを聞いて、露骨に俺に視線を移す奴もいた。  部の皆が噂を耳にして、本気にしてる者もいるという事実(こと)を、やっと悟った。  久保が俺を必死に止めたのも、本城が新見の『デマだ』という助言を無視してまで、直接真偽を確かめに来たのも、俺を信じているからだ。  だけど、その他の奴は皆……疑ってる。 「そうか? ならいいが、県大会まであと一ヶ月だぞ。大事な時期に揉めないでくれよ。西城はどこの部でも暴力行為に及んだ者は、次の大会出場停止なんだろ?」  生徒手帳に記載されている数多くある校則の内の一つを、心配そうに口にする。と、 「――誰のせいだと思ってんだ」  決して大きくはなかったけど、静かな道場の中、先生の耳に届くには十分の呟き。  部室で白井先輩にストップをかけた原田先輩だった。 「ん? どういう意味だ? 原田、今の言い方だと俺に原因があるように受け取れたが、ちゃんと説明してくれ。訳がわからん」  まさか気付かれるとは思っていなかったのか、呼ばれた先輩が真っ赤になって俯いた。  当たり前だ、誰が面と向かって言えるか!  そう心の中で毒づいた時、 「先生! 部の中で先生と吉野ができてるって、下らない噂話が流れてるんですが、僕は吉野に直接訊いてデマだという確認を取りました。でも他の人達にいくら言っても信じてくれなくて……。先生から一言言って下さい。お願いします」  いつも大人しい本城がはっきりとした口調で訴え、あんぐりと口を開けた先生がぐるっと部員を見回して、「ハァ~」と大きな溜め息を吐いた。 「お前ら……俺と吉野の打ち合い見て、そんな妄想しか浮かばなかったのか? どう見たらそんな甘ったるい関係に見れるんだ……」  疲れた表情で呆れたように尋ねる先生とは対照的に、鋭い声が響いた。 「そんな事言ってるんじゃありません。吉野に対する監督の入れ込み方が、普通じゃないと言ってるんです」  白井先輩がよく通る声で、先生に真っ向から反論した。「これだけ強くて、その上この外見だ。興味持って当然かも知れませんが、こうも露骨に態度に出されると、いくら俺達でも疑わざるを得ませんし、気分も悪いです。噂が出ても不思議じゃないと思います」  ざわざわと部員の間で囁きが広がる。  今まで思っていた事を、目の前で代弁した先輩に賛同する囁き。 「……仕方ない、今日の練習は中止だ。防具を外して学年別で皆そこへ座れ。このままここでミーティングする」    白井先輩の言い分を黙って聞いていた監督が、あっさりと練習の中止を言い渡した。
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