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六月に入ってすぐ県大会のある俺達に、五月半ばの十日近いロスは非常に堪える。
私立はどうかわからないけど、公立のほとんどがこの時期に中間テストを行うはずだ。
だけど地区大会の成績が良かったおかげで、こちらから出向かなくても練習試合や稽古の申し込みがいくつも寄せられ、それはすごく有り難かった。
数年前から部員が減少し、部室を相手校にも解放するよう監督から連絡を受けていたので、手早く着替えて自分の荷物はロッカーの中に片付けておく。
ブレザーとワイシャツをハンガーに掛けていて、ふとシャツを投げつけた事が蘇った。
あの日の事は、当分忘れられそうにないな。
その想いを振り切るように扉を閉めて、一番に出口に向かいドアを開ける と、部室より少し暗い通路で、防具バッグを肩に掛け、ワイシャツの袖を捲り上げた大柄な人を先頭に、数人の学生とばったり出くわした。
もう練習相手の高校の生徒が来たらしい。
相手は明らかに三年生。挨拶しとくべきだろうと咄嗟に判断して横に退いた。
「こんにちは、今日はよろしくお願いします」
軽く頭を下げると、先頭の人より後方から、
「はあ? 吉野、試験で記憶力、使い切ったのか?」
相模先輩のからかう声がした。
「え、…あれ? 主将?」
慌てて顔を上げ、もう一度目の前に立つ人を見直すと――白井先輩だった。
けど、頭が……ツルツルと、お寺の小坊主みたいに剃ってある。
目を瞬いて、
「……先輩、その頭―――」
言いかけたけど後は言葉にならない。
先輩に向かって思い切り噴き出してしまった。
見かけに反して髪型とか意外に気を使う方だと知っているから、余計に笑える。
面を外してタオルを取った後、必ず手櫛で髪を整えていたのも。
「……すみません………ごめんなさい………」
非礼を謝ったまま俯いて必死に笑いをかみ殺すけど、肩が震えてどうにも止まらない。
本城と、先に来ていた久保が何事かと廊下に顔を出し、先輩の変貌に気付いて出口付近は大騒ぎになった。
俺の頭をゴツンと小突いて横を通り過ぎる逞しい体躯、白井先輩だ。
「いい加減笑うの止めてやれ、吉野」
苦笑しながら相模先輩が、
「あれでも一応反省してるんだ、許してやってよね」
耳元に囁くように辻先輩が……頭を下げたまま顔を上げれなくなった俺に、自分流で思いを伝え、通り過ぎて行く。
『―――瑞希、大丈夫。自信持って行って来い』
そうだ、俺の先輩はこんな人達だった。
『ここにいる皆、お前のことが大好きなんだ』
そう言ってくれた相模主将の言葉も、今なら信じられるかもしれない。
「先輩! 先、行ってます」
振り向いて声をかけ、あの日と同じに一人先に部室を出て行く。
北斗以外の誰にも……もう涙を見せたくはないから。
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