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仲間のもとへ
生徒間に広まっていた噂も、あの日の俺の醜態も、拡大する事なく収束し、以前と何ら変わらない日常……とはいかないまでも、部員同士、互いに気を遣いながら一月が過ぎた。
但し、中心人物となった先輩の内、古谷さんと白井先輩とは、あれから一言も口を利いていない。
古谷さんはさほど親しくなかったからそう気にならないけど、何かにつけて俺を構っていた白井先輩から以前の気安さを感じなくなったのは、正直堪えた。
そんな鬱々とした気分の中にあっても、時間は同じに過ぎていく。
急に蒸し暑さを感じ始めた六月半ば、高等学校総合体育大会(インターハイ)県大会が始まった。
剣道部のある高校が多いこの県は、試合も三日かけて行われる。
初日は女子団体、翌日が男子団体、最終日午前が女子個人、午後から男子個人の流れだ。
西城高は女子の剣道部がない為、二日目からの参加になる。
毎年同じ武道館で行われるので雰囲気を掴み易くていいけど、とにかく学生が多い!
それに、過去の武将ゆかりの地として建てられたこの会場には、土地柄のせいか高校生の大会でも観戦に来る一般の人がとても多く、去年は二階席びっしりに埋め尽くされた観客に怯んで、最初力を存分に出せなかった。
あんなに大勢の前で試合するのは初めてだったんだ。
第二土曜日の早朝。
各々現地集合の為、試合のない俺は制服着用で本城、久保達と一緒に試合会場に行った。
高校から会場までは電車で約一時間半と比較的近く、中学の大会もここを利用する機会が多いので、一年生でも地元の子達の方が俺より会場の事には断然詳しかったりする。
団体参加は百校近く、一回戦から数えて七試合目が決勝戦だ。
けど、地区大会一位の西城はシードされているから、二回戦が初戦になる。
それでも場所取りや観覧席確保の為、八時過ぎには会場に着いていた。
午後にはベスト8が出揃い、去年の覇者、私立常盤高校、藤木さん率いる洸陽学園、古豪桜華学院等、強豪が軒並み顔を合わせた。
そんな中、西城も危なげなく勝ち上がり、大将の相模先輩までに全て勝敗が着いた。
特に一年の佐倉の活躍には俺も驚いた。
大会に慣れているのか、相手が二、三年でも臆することなく力を出し切っていた。
そしてもう一人、白井先輩も安定した試合運びでチームでただ一人白星を重ねていたけど、なんだか先輩らしくなくて、ある意味怖かった。
これまで絶対途中で気が抜けて、最後は五分五分で終っていたから、この後の展開が不安でしょうがない。
それはともかく、今日の団体戦ではここまで下克上は起きなかった。
どの学校も落とせない試合の時は絶対勝ちを譲らなかった。強豪校の所以、ここ一番で底力を見せつけ、挑戦者を寄せつけなかったんだ。
その中の一つに西城も入っているという事が、なんだか信じられない。
本当に、この高校に来てよかった。
明日は、自分もその名を辱めない試合をしたい、そう決意を新たにしつつ、西城の選手達の戦いぶりをじっと見守っていた。
五回戦、準々決勝でも白井先輩で勝負がつき、今日の殊勲賞、敢闘賞を印象付けた。
完全に波に乗ったかに見えたメンバーの中、六回戦の準決勝で明らかに佐倉の調子が落ちてきた。
一回り大柄で力のある選手との試合、それもほとんどが年上だから、肉体面だけでなく精神的にも相当疲れたんだろう。
体力の差がここに来て剣技に出始めた。
安達先輩が引き分け、佐倉が一本取られて負けると、新見が何とか引き分けに持ち込み、白井先輩に繋げた。
五試合目になっても先輩の調子は安定したまま、開始早々に出頭面で一本先取し、その後も守りに入ることなく、強気の試合運びで相手に隙を見せず、勝敗を五分に戻した。
この大会、初めて相模主将に勝負が託された。
会場に竹刀を打ち合う音が響く。
お互い一本が取れず、時間だけが過ぎて行く。
両手を組み、祈るように見つめていた俺の耳に、制限時間を告げるベルが―――
代表戦だ。
観客を引き込んで、再び相模主将が開始線に立った。
お互いに仕掛ける度、大きな拍手が起きる。
敵も味方もない、本当の意味での一本勝負。
そして、相模主将の脇が空いた瞬間、相手が主将の苦手な左側の胴へ!
「先輩!!」
思わず声を上げてしまった。
けど、それを読んでいたのか素早くかわした主将が、逆に鋭い面を放った!
「勝負有り」
審判の旗が三本上がり、勝敗が決した。
自分の短所をきっちりと克服してきた先輩に、二ヶ月間の成果を見つけた。
どの一本より価値のある大きな一勝。
西城高校にとって初めての決勝進出だ!
凄い!!
けど、正直疲れた。自分が試合するより疲れる。
応援に力を入れすぎたせいで、脱力してシートにもたれていると、
「おい、西城が来たぜ」
「ああ。なんか全体のレベル上がったな」
「副将、安定してるよな」
等々、最前列に座る俺の耳に、後ろのどこかの高校生の話し声が聞こえてきた。
「でもさあ、相手は常勝の常盤だぞ。西城じゃ無理だろ」
「多分な、光陽でも藤木しか勝てなかったもんな。やっぱ強いよ、腹立つけど」
「妙にバランスよく強いからな。常盤の全国出場は当分続くだろ」
「…………」
そうなんだ。
隣で行われたもう一つの準決勝、常盤対洸陽の試合は、大将戦までで常盤が決勝進出を決め、試合も早々に終わってしまっていた。
唯一藤木さんは彼らしい試合展開で二本取って圧勝したけど、他の人達は残念ながらあと一歩及ばなかった。
それにしても、決勝までのインターバルが短すぎる。
さっきの試合までで佐倉は体力が限界だ。それに相模主将も代表戦で余計な体力を使ったし……。
不安要素を思い浮かべ、言葉少なに会場を見下ろす俺達は何もできない。
三年の辻先輩と原田先輩は決勝進出が決まると同時に、選手のサポートをする為一階に下りていった。
最終戦だけは、選手じゃなくても一階に入る事が許されるからだ。
できるなら、俺も傍に行きたい。
佐倉や新見に声を掛けて……励まして、「頑張れ!」って言いたいのに―――
「吉野、どうかした? 気になるんなら下りてみようか? ここからじゃ皆の様子見えないもんね」
本城に声を掛けられ、はっとして顔を上げた。
無理強いしない言い方に、俺を気遣っているのが手に取るようにわかる。
「……いや、いい。やめとく。二年生が試合前一階に下りる事なんてないし、それに……今いい感じに勝ちのリズム掴んでるんだ。俺が行ったら……集中力途切れさせてしまうかもしれないから」
行きたい気持ちと不安がせめぎ合い、本心が口を突いて出た。
「何言ってるんだよ、僕なら吉野が来てくれたら心強いし、嬉しいよ。なんかパワーアップしそうな気がする」
本城が明るく笑って否定する。
「吉野、剣道離れたら何でも思う事ずけずけ言ってるじゃん、特に俺には容赦なく」
右隣に座る久保も会話に加わって俺以上にはっきりと言いたい事を言うから、いつもの調子で言い返してしまう。
「それは久保が言わせてるだけだ。元々俺は真面目で年寄り臭くて、面白味のない男なんだ」
「そういうところが笑えるんだよな」
「うん。吉野の一番吉野らしい所だね」
二人、俺を挟んでこそこそ言い合い、クスクス笑ってる。
けど、俺は自分の台詞に自分で落ち込んでしまう。
本当に…冗談も言えない、誰かを元気づける事も。
おまけに……
どんどん沈みかけていると、決勝戦を告げるアナウンスが場内に流れ、一際大きな拍手の中、選手達が入場してきた。
今日最後の試合、優勝決定戦が今、始まった。
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