仲間のもとへ

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 日頃から緊張というものに縁のないところを買われて先鋒を任される事の多い安達先輩だけど、初めての県大会決勝戦だからか準決勝の時より動きが少し硬く、実力が出せてないのがわかった。  相手もそれ程調子良くは見えない。  これが決勝戦のプレッシャーなのか。 『常勝常盤』といえど去年試合したメンバーは全員卒業して、今年新たなチーム編成でここまで勝ち上がってきたんだ。  条件は一緒、後は力を出し切れた方が勝つ。  けど、やはり体力的な面で常盤有利は否めなかった。    先鋒戦、お互い攻め手を欠いて、つば競り合いの末、反則を受けると、時間切れでそのまま引き分けになり、次鋒の佐倉が開始早々小手を決められ、一本取られた。  二本目、すぐに技有りの引き面で一本取り返したけど、もう体が限界を超えているのが足捌きでわかった。  三本目を決めるのは……多分無理だ。  せめて後は守りきって、何とか引き分けに――  そんな願いが届いたのか、自分のコンディションを掴みきっているからか、佐倉も無理をせず、相手の攻撃を必死でかわす。  四分間が異様に長く感じた。  まだか!?  そう思った矢先、攻めあぐねていた常盤の次鋒が捨て身の面を打ってきた。  パンッ! と、小気味いいほどの音が響いて勝負がついた。  佐倉にかわすゆとりがないのを知ってて狙ってたんだ。  ―――負けた……か。  引き上げる佐倉の胸中を思うと、自分の事のように息苦しくなった。  それにしても強い。  試合慣れしてるし、制限時間まで完璧に身体で覚えてそれを利用している。  計算しつくした試合運び。  これが常盤の強さだとしたら、俺達の勝機はどこにあるのか。   押され気味の雰囲気の中、中堅の新見がすぐに開始戦に立つ。  反対に優位に立った常盤の応援が、一際大きくなった。  ……後を引いてないといいけど。  身を乗り出して様子を伺った俺は、ふてぶてしいほどに豪胆な奴だったのを改めて思い知らされた。  大きな体がもっと大きく、頼もしく見える。  大丈夫、先取された影響は少しもない。  頼む、何とか五分に戻してくれ!  祈るしかできない俺達は、お互い一言も発せずに眼下の攻防を見守っていた。  途中、ヒヤッとした場面で本城にいきなり腕を掴まれ、驚いて横を見ると、その視線は新見に張り付いていた。  新見だけじゃない、本城も一緒に戦ってる。  そう思い、黙って掴まれたままにしておいたけど、危なくなるとその手に力がこもって痛い。  毎日竹刀を握っているから、握力だけは小柄な本城でも並の男以上に強くて……だけど、気持ちは俺も同じだった。  そんな俺達の願いも空しく、でもなんとか引き分けてくれた。  上級生を相手の堂々とした戦いぶり、本当に強くなった。というか普段以上の出来に、正直驚いた。  まだまだ荒削りで、練習だと付け入る隙、結構あるのに。  あいつ、試合になると実力以上の力を発揮する嫌なタイプだ。もちろん西城にとっては心強いけど。  意外に頼もしい新見の新発見をして、喜んでいる場合じゃなかった。  もう西城は次の副将の白井先輩に、望みを託すしか(すべ)がない。  準決勝と同じ、後のない、苦しい戦いになって……特に白井先輩の集中力がいつ途切れるか、ひやひやし通しだった。  それなのに、今日の先輩はどこか違っていた。  迫力がある、というより鬼気迫るものを感じる。  だけど相手も名門常盤の副将、その白井先輩でさえ中々一本を取ることはできず、この勝負も引き分けに終わった。 「―――なあ……西城、粘るよな」 「ああ、次鋒が負けて総崩れになるかと思ったけど」 「誰だよ、新人戦の試合見て弱くなったなんて言ってた奴は。しっかり例年のレベルまで力つけてるじゃん」 「いや、それ以上じゃないか? メンバー一、二年も入ってるだろ?」 「げっ、マジかぁ!?」  さっきと同じ学生の話し声。  俺達が西城の剣道部員だとは、気付いてないようだ。  確かに十分互角に渡り合っているけど、たった一本がとてつもなく遠くて……  試合中、技が決まって心から拍手を送ったのは、皮肉にも負けた佐倉が面を決めた時だけだった。    勝敗は、とうとう最後の大将同士の戦いにもつれ込んだ。  だけど、常盤は引き分けでも優勝、負けても一本差ならトータルの本数が同じだから代表戦になる。  対する西城は相手に一本も与えずに二本決めて勝たないと、この試合での勝利はない。  最悪でも、とにかく勝つ。  でなければ、代表戦のチャンスさえ得られない。  優勝までの……全国大会出場への、途方もなく険しい道のりを思い、重責を全て(にな)って相手の大将に対峙する相模主将へ、ただひたすら「頑張れ!!」と、エールを送り続けた。  開始早々、相手の猛攻に晒され、押され気味だった相模主将が、相手が面を打ってきた隙をついて、起死回生の鮮やかな胴を決めた。  ダン! と踏み込み繰り出した一本。  今までで最高にスピードの乗った、切れの良い胴だった。  残り時間は……あと一分ない。  何とかもう一本、それが無理でもこのまま終われ!!  腕時計の秒針と、眼下の攻防を忙しなく見交わす俺の目に、残り時間を気にして焦ったのか、相手が渾身の力を込めて捨て身の面を放つのが映る。  だけど、相模主将が紙一重でそれを避け、面部をわずかに外した!  ふう、助かった。  息を吐くのと同時に審判の旗が――常盤の赤が二本……上がった。  刹那、制限時間を告げるベルが鳴る。  にわかには信じられず、その光景を凝視した。  嘘……だろ?  今の、決まった!? 「そんな馬鹿なっ!!」  思わず立ち上がり口走っていた。 「あの野郎 決めやがった!」 「兵藤、偉い! よくやった!!」 「連続優勝だ!!」  常盤の生徒の叫び声と、会場一杯に広がる拍手の波に立ち向かうように、思わず駆け出していた。
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