仲間のもとへ

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 ―――先輩………!   心の中で呼びながら、ただ走った。  本城と久保がびっくりして呼び止めたけど、立ち止まって待つ気になんてなれない。  試合を見届け早々と帰途につきだした観客と、剣道部所属の生徒達でごった返す通路をかき分け、階段を駆け下りてホールを横切り、会場に入って見知った顔を必死に探す。      と、さっきまで戦いが繰り広げられていた試合場から一番近い出口付近に、喜びを分かち合う常盤の選手の後方で、汗を拭き、二階席へと視線を移す白井先輩の長身が目に入った。  他の選手も監督を中心に円陣を組み、辻先輩が、座り込む相模主将の面を外してタオルを渡していた。  ためらいもせず会場を突っ切り、真っ直ぐに西城の部員の元へと向かう。 「お? 吉野!?」  新見が一番に俺の姿を見つけて珍しく声を上げ、それにつられ皆が一斉に振り向いた。    走ってきた足が、止まる。  夢中でここまで来たものの、何をどう言えばいいのかわからず……  言葉を探す俺を見て、相模主将がゆっくり立ち上がった。 「遅いぞ、吉野。どうせなら決戦前に下りて来いよ」  ほんの少しだけ非難を込めた、穏やかな口調。 「――主将、最後のは……」 「守りに入ってしまった俺の負けだ」  言いかけた俺に緩く首を振り、きっぱりと告げた。 「悪かったな、もう少しで全国大会行けたのに」 「そんな事――」  言葉が、続かなくて……  それでも、自分の感じた想いをありきたりかもしれないけど、やっとのことで口にした。 「いい、試合でした。胴への一本、今までで最高でした」  一瞬、目を見張って心から嬉しそうに微笑んだ先輩が、 「ああ。あれは俺にも会心の一本だったな」  さっきの試合を振り返り、「千藤監督の厳しい稽古のおかげだ」  と、主将らしく監督へ感謝の気持ちを伝える。  その顔はとてもさっぱりしていて、いっそ潔く見えて、誰よりも格好いい。  審判への不信感で一杯になっていた胸の中のモヤモヤが、相模主将の明るい笑顔の前に霧散してしまった。  どうしてこんな笑顔ができるんだ?   間違いなく、あと一歩で全国大会に手が届いていたのに。  そう思い、不思議な気持ちで佇んでいると、 「……先輩………すみ…ません……僕が……足を…引っ張ったせいで―――」  佐倉が泣きじゃくりながら、何故か俺に謝ってきた?   接戦だっただけに自分を責めてしまう佐倉の気持ちは痛いほどわかる。  けど、どうして俺に謝るんだ?   心の中で首を傾げかけて、続けられた言葉に胸を突かれた。 「吉野先輩が出てたら……」 「!! 佐倉……」 「こんな結果になんか……絶対ならなかっ―――」  小刻みに震える後輩の肩を思い切り掴んで引き寄せ、華奢な身体を力一杯抱き締めた。  俺の腕にさえ、すっぽりと収まってしまう細いライン。  この体格差をものともせず、上級生を相手に善戦したんだ。  誰にも謝る必要ないし、あんなに一生懸命頑張った佐倉を責める資格なんか、皆ありはしない。 「俺が出てたら、こんなとこまで来れなかったよ。――最高のチームワークだった」  そう言ってやると、啜り泣きがもっと激しくなった。 「泣くな、佐倉。ごめんな、俺…少しはお前の力になれてたかもしれないのに、…言えなかった。こんな涙、流させるくらいなら――」  辛いよ、北斗。  佐倉の気持ちがわかりすぎて……苦しくて堪らない。  団体戦で俺も何度も経験した、自分の力不足を悔いる心。  だからこそ――  身体を離し、真っ直ぐに目を見て、初めて自分から本当の声をかけた。 「佐倉、これから一緒に頑張ろ。今の悔しさを忘れずにいたら、お前はもっともっと強くなる」  本城や佐倉にとってはどうしようもない体格の壁。  数年前、俺も少なからず悩み、悔しい思いもした。  でも、それを補う方法はいくらでもあると今の俺なら教えてやれる。  たとえ時間がかかっても、急ぐ必要は少しもない。  敵は、『誰か』じゃない、自分自身なんだ。  佐倉が驚いて目を(しばた)く。  長い睫毛の先から新たに伝い落ちた涙を、綺麗だと思った。  小さく「はい」と頷いて見上げた瞳に、もう悲壮感はない。  希望の光を湛えた大きな双眸を見返して、 「よく頑張ったな」  と、自然に微笑みかけていた。  すると、さっきまで暗く沈んでいた安達先輩が、 「吉野、俺は? 俺も頑張っただろ?」  子供のようなあどけなさで訊いてくるから、つい思ったままを口にした。 「ええ、準決勝までは。……でも、最後の試合、硬くなってましたよね、珍しく。実力、出せていませんでした」 「!! うわ、いきなり痛い所突いてきたな……」  びっくりしたようにまじまじと俺を見返した瞳が、どういう訳かふっと(なご)んだ。 「けど、決勝のプレッシャーって相当だぜ。お前も明日になればわかる」 「そうですか。でも、そこまでいけるかどうか―――」  答えかけていると、 「吉野! 俺達置いて抜け駆けすんなよ」  久保と本城が息を切らせてやってきた。  その手には俺のザックまで掴まれていて、全部放って下りてきた事に今更ながら気が付いた。 「ほんとだよ、よくあの人混みをあんなスピードですり抜けて行ったよね」  息を整えながら感心する本城の横から「ほら」と、久保が俺にザックを投げて寄越す。 「たいしたモン入ってなくてもちゃんと持ってけよ。下心起きるだろ」  そう言われ、受け取ったザックと久保を交互に見返すと、俺以上に本城が慌てた。 「バッ…何言ってんだよ! あ、大丈夫だよ吉野、僕がちゃんと見てたから、何も取ったりしてないよ、ホント」 「ったく、本城って融通利かねえのな。中身くらい見たっていいじゃん」 「こらっ!」  そんな二人の掛け合いに、 「お前ら……優勝逃した選手達を前によくそんなしょうもない言い合いできるよな、ちっとは気遣えよ」  原田先輩が苦虫を噛み潰した顔で小言を言う。けど、相模主将があっさり否定した。 「いや、俺達は優勝よりもっと価値のあるものを手に入れたみたいだ。な、安達、白井。――よかったな、佐倉」  その返事に佐倉が頷き、安達先輩も満面の笑みで同意した。 「そうそう。あの吉野がそんなに急いで俺達の所へ駆けつけたってだけでも嬉しいのに、どの試合も真剣に見ていたって、さっきの指摘でわかる。ありがとな、吉野」  満足そうな先輩に、久保が食ってかかった。 「何で吉野だけ? 俺達だって一生懸命応援してたのに、ずるい!!」  本気で拗ねて頬を膨らませるのが可笑しくて、でも…その気持ちはわからないでもないから、あえて力一杯応援していたという証を選手の皆に教えることにした。 「そうですよ、先輩。特にさっきの新見の試合の時の本城。……掴まれた所、赤くなってるんですから」  指の跡通りにうっすらと赤味の残る左の二の腕を差し出して見せた。 「嘘! ほんとに!? やだなあ吉野、言ってくれればよかったのに。痛かったよね、ほんとごめん」  全然気付いてなかったらしく、指の跡以上に頬を赤くした本城に謝られ、クスッと笑いが漏れる。 「いや、俺も新見の時は同じ気持ちで見てたから……」 「何だ? それ以外は違ってたのか?」  突然、白井先輩が会話に加わってきた!? 
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