仲間のもとへ

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 ………びっくりした。    部室前で白井先輩に頭を小突かれて以来、先輩から俺に話し掛けて来る事は一度としてなかった。  その隔たりに、田舎の友達と仲たがいしていた時の事が重なり、このまま……気まずさだけを残して引退するかもしれないと半分以上諦めていた。 「え、ええ。まあ……」  少しだけ戸惑って、なんとか自然に聞こえるように気を配った。 「――佐倉は、前半すごい活躍だったから、そろそろばててくるだろうな、と。安達先輩があんなに緊張したのは初めて見たけど、相手もそれなりに硬くなってたし、相模先輩はいつもマイペースだから、白井先輩がちょっと怖かっただけで……」 「『怖かった』? どうしてだよ?」 「いえ、いつもの脱力がどこで出るか、と」  口にした途端、またゴツンと上から頭を殴られた。 「もうっ! 何で殴るんですか!? 本当の事じゃないですか」  言葉を交わせたのが嬉しくて、少しだけ大袈裟に頭をさすり「暴力反対!」と文句を言うと、 「ふん、大きなお世話だ」  そっぽを向いて、威張るように腕を組む。  少しも変わらない先輩とのやり取り……じゃない。  こんな風に試合の内容で話したりふざけたりした事は、今まで一度もなかった。  今の俺、変だ。  いつもと違う。  けど、こんな会話するのも悪くない、そう思えた。 「――ええ、今日は本当に凄かったです。敢闘賞出します」 「ホントか? なら賞品もつけてくれ」 「『賞品』、って?」 「褒美のキスをここへ」  そう言って、自分の右頬を指差した。  久しぶりに聞く、一年の時に散々からかわれた、この手の台詞―― 「……先輩、俺達負けたんですよ? 何で褒美があるんですか?」  呆れて……でも、先輩への変な気遣いが消え、今までの俺と同じに溜息混じりで問うと、 「試合には負けたけど決勝戦まで残ったのは初めてだろ。進歩じゃないか」  言い訳にも取れる返答をされた。 「それに本当に優勝してたら、お前ここに来なかっただろ?」  そう訊かれ、自分の行動を思い返してみた。  下りてきたのは審判員の判定に腹が立ったせいで、それがなければ負けたとしてもここへは来なかっただろう。 「はい、多分。だって…必要ないでしょう?」 「そんな事ない。けど決勝で俺達が負けたから下りてきたのは事実だ」 「それは……そうです」 「何よりお前、試合について自分の感想を言ってくれた。それが俺達の励みになる」 「はあ……」 「さっきの相模の言葉、『優勝よりもっと価値のあるもの』が、今の吉野だってこと、お前気付いてないのか?」 「え!?」 「試合に関する自分の想い、俺達にちゃんと伝えてるじゃないか」 「あれ……? そう言えば……そう…ですよね」  なんだか、きつねにつままれた気分だった。  俺、いつの間にかこんなに自然に、試合に出たメンバーの中に入って話をしている? 「……だって、相模主将があんな面を認められて……佐倉も責任感じてるんじゃないか、とか……色々考えたら、居ても立ってもいられなくなって―――」 「だから、俺達負けたけど、悔いは全然ない。不思議なくらいさっぱりしてる」  白井先輩が相模主将に「な?」と、同意を求めると、 「ああ。吉野の顔見たら、悔しさが消えてしまった」  面の紐も自分で解けないほど疲れ果て、座り込んでいた主将まで、そんな事を言う。    今まで少しも見えていなかった先輩達との絆が……心に沁みる。  目の奥がツンとして、泣きそうになるのを必死で堪えた。  ――ありがとう、先輩。 「……駄目ですよ、先輩。そんな簡単に負けたのを忘れてしまうなんて……。 でも、準優勝おめでとうございます。俺も……悔しいけど嬉しい、複雑な気分です」 「そうだな、……なんとなく不完全燃焼みたいな感じはあるな」  相模主将の少しだけ物足らなそうな様子に、部員皆の夢を思い出した。 「じゃあ『玉竜旗』では完全燃焼して下さい」 「そうだった。まだ全部終わった訳じゃないもんな、明日は個人戦もあるし」  気持ちを切り替え表情を引き締める主将と同様、今日一番の活躍を見せた白井先輩が、さっきまでとは明らかに違う、真剣な眼差しで俺を見つめた。 「――俺達の分まで頑張ってくれよ」  表情を改め、肩をぽんと叩いた。 「はい、全力を尽くします」    北斗が春日先輩に、全生徒の前で誓った台詞。  真似たわけじゃないのに、いつの間にか同じような言葉を口にしている自分。  やっと、北斗と同じポジションに立てた、そう感じた。  今の、…いや、明日の俺を北斗に見て欲しかった。  叶わない願いと知りつつ、二日前の彼との会話に想いを巡らせてしまう俺は、案外女々しい奴だったんだ。
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