仲間のもとへ

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「―――瑞希、悪い。……日曜、一時から練習試合入った」    個人戦を三日後に控えた木曜日の夜、バイトから帰ってすぐに告げられた、突然の北斗の百八十度違ってしまった日曜日のスケジュール。  しかも開始時間が俺とほとんど同じという最悪のタイミングに、リビングで防具のチェックをしていた俺は、呆然と北斗を見上げて呟いた。 「冗談、……なんでこんな急に?」  この前予定を聞いた時には「朝練だけだから都合つける」って、「何があっても絶対見に行く」って、言ってくれたのに……。  その思いを容易く読み取った北斗が、床に視線を落とし、突っ立ったまま理由を口にした。 「……隣街の高校から練習試合の申し込みが来たんだ。こっちの監督も一度駿に先発で投げさせてみたかったんで受けたらしい。……でも悪い。お前の試合、行けそうにない」  いい加減な言い訳を少しもせず、はっきりと行けない事を告げる北斗らしい謝罪に、それ以上の説明は不要だった。  俺との約束を守れなくなって、一番辛いのはこいつだ。 「そう、まあ仕方ないよな。駿が投げるなら俺もそっちに行きたいくらいだ。きっと三振の山、築くと思うよ」  明るく笑って答えたものの、内心驚くほどショックを受けていた。    来て……欲しかった。  剣道の試合で、自分からこんなに強く誰かを望んだのは初めてだったから、余計(こた)えた。  最初から無理だと言われていたら、こんなに動揺しなかったと思う。  だけど、俺以上に落ち込む北斗を前に、そんな事言えるはずもなくて…… 「――練習試合だからって手も気も抜くなよ。それに…もし雨が降ったら絶対俺の所に来て。体育館での練習だったらさぼっていいから、な?」 「……瑞希にサボタージュ勧められるとは思わなかったけど、それでお前の試合を見に行けるなら、雨乞いでも何でもしたい気分だ」  はあ…と息を吐いてダイニングのイスに座り込む北斗に背を向け、必要以上に念入りに竹刀のチェックをする……振りをした俺の目には、もう何も映っていなかった。  激闘を終えて賞状を受け取る選手達に拍手を送りつつ、何度目かの溜息を吐き出した。  試合中は忘れていたのに、気持ちに隙ができると思い出してしまう。    こんな調子で明日、白井先輩に誓ったように全力出せるんだろうか?   不安になりかけて、何を甘えてるんだ! と、心の中で自分を叱咤する。  こんな俺、北斗は望んでやしない。  あいつが責任を感じなくて済むように、俺が頑張らなくてどうするんだ!!  二日前から幾度となく繰り返した葛藤は、明日の試合が終わるまで続きそうだった。  そして、いよいよ個人戦当日。  梅雨入り宣言したばかりの空には、抜けるような青空が広がっていた。  今日はクソ暑くなりそうだ。  全く! にわか雨さえ期待できないじゃないか!! 「あ~あ、見事に晴れたな。俺達って…日頃の行い、よすぎるのか?」  嫌味なくらい澄み渡った空を見上げて愚痴る北斗へ、ヤケクソ気味に答えてしまう。 「さあね、それぞれの場所でお互い頑張れってことだろ」  危うく出そうになった溜息を飲み込み、防具バッグを担ごうとした俺に、北斗が手を差し出してきた。 「何? 握手?」 「いや。……これ、持って行って」  開かれた手の平の中には、家の鍵だけ外されたムーンストーンのキーホルダーが、淡く輝いていた。 「? 何で?」 「俺の分身。瑞希が、落ち着いて全力を出し切れるように、願いを込めたんだ」 「――ありがと。でも俺、ぺリドットお前に渡せないよ?」  だってあれがないと……いよいよ北斗が遠く感じて力も湧いてこない気がする。 「そんなの交換する気なんかないぞ。……その代わり、悔いのない試合、してこいよ」  何か言いたそうに一瞬目を伏せ、ためらいを見せた北斗だったけど、口にしたのはありきたりの聞き慣れた激励だった。  でも、俺にはわかる。  北斗が言おうとしたのは、試合を見に行けない事への謝罪だ。  俺が来て欲しいと願う以上に、北斗も俺を近くで見守りたいと思ってくれている。  手渡されたムーンストーンから、その想いがはっきりと伝わってくる。  相変わらず物欲のあまりない北斗が、これをいつも手放さず大切に扱ってる事、よく知ってるから……。  それだけで十分だった。 「ありがと北斗、なんか落ち着いてきた。全力出せそうな気がする。  じゃ、行ってくる」  早朝の爽やかな空気の中、少し心配そうに見送る北斗に笑いかけて、一人会場へと歩き出した。    胸の中に昨日までの葛藤はない。  それどころか、試合前の緊張感が心地よく感じる。  ズボンのポケットに入れたキーホルダーを探り、その存在を確かめる俺の心は、この石――ムーンストーンのパワーなのか、不思議なほど穏やかになっていた。
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