辿り着いた真相

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辿り着いた真相

「勝負あり」  主審の声で開始線に戻り、礼をする。    準々決勝進出を決めた瞬間、ほっと肩の力が抜け、二階席に目を遣った。  今日も大勢の人が見に来ている。  藤木もきっと本城達と見ているだろう。 『透に当たるまで負けるな』    その約束を果たす為には、あと一つ。  絶対に落とせない。  このまま行けば、準決勝で藤木さんと当たる。  藤木さんが俺とやりたがっていると聞いてから、俺の中にもその想いがどんどん育ち、昨日の団体戦を見て一層強く望んでいた。  相手は三年、これを逃したら宝くじ並の確率の玉竜旗に期待するしか、なくなってしまう。  そんな事を考えながらコートを出て、千藤監督に外に出る事を告げ、会場の北側、日陰になった風通しのいいテラスに行き、思いきり深呼吸して、会場と外周とを仕切っているコンクリートの段に腰を下ろした。  まだ竹刀を打ち合う音と掛け声が、遠く、試合場の方から聞こえてくる。  八面あるコートを全て使う為、進行時間にずれが出て、俺のいた第六コートは、かなり早いペースで五回戦を終了していた。  午前中はどこにいても自由で、二階席から自分の高校の選手を応援する男子部員も多い。  だけど、女子の試合が長引いて時間的に余裕があったにも関わらず、西城の部員や藤木の所には行かなかった。  俺は試合中、自分のモチベーションを維持する為に、控え室や練習場に一人でいる事が多い。  皆もその事をよく知っているから、わざわざ俺の所に来たりしない。  昨日、決勝戦前に一階に下りるのをためらったのも、自分に置き換えてみたからで、四月半ばに千藤監督から地区大会団体戦への出場の意思を聞かれた時も、そんな自分の習慣が皆の和を乱すかもしれないと危惧し、はっきりと辞退した。  それにあの頃は、出場できるならとにかく個人戦の方がよかったし、出るならそれだけに集中したかった。 そ の判断は間違ってなかったと、今でも自信を持って言える。  佐倉は俺が団体戦に出ていたら決勝戦での結果は違っていたはずだったと、責任を感じていたけど、あの試合の後、佐倉に言った言葉は、紛れもなく俺の本心だった。  俺が代表になっていたとしたら、不穏な空気が広がり始めた頃に行われた地区大会で、すでに敗退していただろう。  部内での揉め事を経て、昨日感じた皆との一体感は、俺が剣道を始めて以来の『晴天の霹靂』……とも言える大事件だったんだ。  とはいえ、自分の癖がそう簡単に変わるはずもない。  北斗に見送られて会場に向かった時から、もう俺の個人戦は始まっていた。  時間調節の為、次の準々決勝四試合は、全試合同時に行われる。  会場の出入り口が見えるように腰掛けていた俺は、そこから出てきた人の中に、懐かしい見知った顔を見つけ、思わず声をかけた。 「矢織先輩!」 「お、やっぱりここにいたか」  前主将が俺を捜していたのか、少しだけ歩調を速め、真っ直ぐに近付いてきた。  立ち上がろうとしたのを身振りで止めて、さっさと隣に腰を下ろす。同時に、大人っぽい空気が鼻腔をくすぐった。  ……コロンの香りか? こんな先輩、知らない。  初めて見るラフな私服姿のせいもあって、初対面のような気分になっていると、 「ベスト8、おめでと」  さほど感情も入れず祝福され、先輩の変わらない一面を見つけて、密かに安堵した。 「見てて下さったんですか」 「当たり前だ。何でわざわざここにいると思ってるんだ?」  呆れたように俺を見た先輩が、少しだけ残念そうに表情を曇らせた。 「団体は惜しかったな」 「……ええ」 「昨日来れなかった分、今日はゆっくり見させてもらうから、最後まで勝ち上がれよ」 「………次、勝っても準決勝で藤木さんと当たるんですけど」 「今のお前なら、勝っても負けても最高の試合見せてくれるさ。本当に、心身共に強くなったな」  目を細めて笑いかける、優しい眼差し。  一年前、ベスト4をかけて戦った時とはまるで別人だ。  去年、俺はこの人に守られていたんだ。  一体、何故? 「――矢織先輩、教えて下さい」  迷いつつも、今しか訊ける機会がないような気がして、先輩を見つめた。 「ん? 何を?」 「俺を守って下さってた理由。俺、全然気付かなくて、お礼も言えなかった。どうして見ず知らずの俺にそんなに気を回してたんですか? それが主将の責任なんでしょうか?」  だとしたら俺なんて、本当に足元にも及ばない。  そう思い前主将の返事を待つと、見開かれた先輩の瞳がどういうわけか好奇に満ちたものに変わった。 「ふーん、…相模の奴、俺に頼まれた事、ばらしたのか」  面白そうに笑うと、一筋縄ではいかない先輩らしく駆け引きしてきた。 「教えてやらないでもないが、俺もお前に尋ねたいことがある。その返事次第だな」 「――『尋ねたい事』って? 俺にわかる事だったら何でも答えますけど」 「多分お前にしか答えられない、だから嘘や誤魔化しは無しだ」 「……俺、先輩に嘘ついたりした事、ありません」  全身でムッとして言い返すと、 「剣道に関しては…な」  意味深な台詞を返してくる。  何なんだ? この含みのある物言いは?  気になってこの後の試合に集中できなくなる。  訊かない方がよかったか……?    後悔と、迷いの色を見せた事に気付いたのか、矢織さんから後輩を苛めて楽しむような、意地の悪い笑みが消えた。 「お前と成瀬北斗、どういう関係なんだ?」 「ど……ういう関係って、同級生…の中でも気の合う友達? って感じですけど……」  声が…上擦りそうになるのを、かろうじて抑えた。  ―――びっ、……びっくりした。  なんでいきなり北斗の名前が……。  心の中でうろたえつつも、どうにか平静を装い答えたら、「そうか」と、素っ気無く答えた先輩が、首を捻り、重ねて訊いてきた。 「北斗の方はそんな感じじゃなかったけどな。……あいつの片想いなのか?」 「片想い!?」  聞き返す声が、今度は完璧ひっくり返った。 「ちょっ…と先輩、何言ってるんですか! 俺、これから準々決勝なんですよ、変な事言ってからかわないで下さい!!」  何を言い出すんだ、この人は……と、非難の目で思いっきり先輩を睨みつけてしまった。 「ふん、嘘じゃなさそうだな」 「あ……当たり前です! もう、何なんですか、一体……」 「これが、さっきのお前の質問の答えなんだが」 「はあ!? どれが? もっとわかり易く教えて下さい。全然通じてません」 「そのようだな」  馬鹿にするでもなく冷静に俺の反応を見ていた先輩が、やっと一年前の真相を明かしてくれた。  それは新学期早々、部室で久保に詰め寄った時の、俺の最初の勘が間違っていなかったという証明だった。
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