辿り着いた真相

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「――去年の四月、吉野が入部届けをぎりぎりに出した翌週の火曜日…つまり四日後だな。放課後、部室に向かう途中で北斗に呼び止められたんだ」 「ほ……成瀬に? もしかして……」 「そういうことだ。こっちに不慣れで目を離したくないけど、剣道部に入るわけにはいかないから、自分の代わりにお前を守って欲しいと頼まれた」 「やっぱり……」 「―――『だけど、この事は、絶対吉野に知られたくないんです』、そう言って頭を下げられて……あの北斗にそこまでさせたお前に興味を持った。それにお前達の関係にもな」 「………」  あいつらしい……というか呆れてしまう、ほんとに。  三年の、何の縁もない先輩にそんな事頼むなんて……。 「で、さっきお前に訊いたのと同じ事を北斗に訊いたんだ。『俺も部内で揉め事は起こしたくないからやぶさかじゃないが、お前がそうまでする理由は何だ?』と」  先輩が、俯いてしまった俺の様子を探りながら、その時交わした台詞を口にした。 「今思えば、ちょっと酷な問い掛けだった気もするが、俺には知る権利があると、あの時は思ってな。だがあいつは俺を真っ向から見返して、きっぱり言い切ったぞ。『俺の一番大切な奴です』と」  その言葉に、心拍数が一気に跳ね上がり何か言い返そうとしたけど、一体何をどう言えばいいのか見当がつかない。  北斗の言う意味は、先輩の考えているそれとは違う。  それを上手く伝える言葉が思い浮かばなかった。  そんな俺の胸の内を知ってか知らずか、先輩は自分の想いを隠さずに打ち明けてくれた。 「あんまりはっきり言い切られたんで、からかう気にも言いふらす気にもならなかった。まあ、いつまでも死んだ子に囚われるよりはましだろうし、俺もそれから吉野を知って、北斗が惹かれたのも当然だと思った」    その、『死んだ子』というのからして誤解なんです――  と、事実を明かしたかったけど、打ち明けるより早く、 「 未だにあいつの片想いだとは思いもしなかったがな」 そう続けた矢織さんに、「どうして応えてやらないんだ?」と言わんばかり、至近で見据えられ、俺の意識はその返事のみに集中してしまった。 「―――だから、『片想い』って……俺達どっちも男ですよ? 恋愛の対象には……」 「ならないか?」 「ええ。それが常識でしょう?」 「『常識』か、……そうだな、お前はそう言うだろうな。だが、あいつは違った」 「…………」 「北斗はいい奴だ。全てにおいて、な。だから、強引にお前を奪ったりは絶対しないだろう。春日がよく愚痴ってた、『もう少し欲というか闘争心があったら言う事ないのに』ってな」  ……なんか今、さり気なく…ものすごい事を言われた気がする。  気のせいか? そうしておこう。  これ以上踏み込んで聞き返したりしたら、本当に試合どころじゃなくなりそうだ……。 「春日先輩と親しいんですか?」  その話題から少しでも遠ざかる為、敢えて違うところに話を振ると、俺に剣道部以外の上級生との交流が皆無だったのを思い出したのか、「ん?」と首を傾げた矢織先輩が、すぐに軽く頷いた。 「ああ、結構仲いいぞ。そういえば『吉野なんか闘争心は人の二倍以上あるぞ』、なんて言ってやったこともあったな。それに、お互い部長になってからは特に、な」  意味ありげに呟き、視線を自分の足元に落とした。 「北斗が入部しなくて……いや、できなくて…か、気落ちしてた時、励ましたこともある」  その言葉に、矢織さんはもちろん、春日前キャプテンも北斗の途中入部の本当の理由を知っていたと確信した。  複雑な表情(かお)になったのを自覚しつつ先輩を見返すと、散々俺を振り回していた矢織さんからは、意外にも本気で心配している様子が伺えた。 「野球部への入部拒否の本当の事情を知って、初めてあいつの危うさ……脆さを感じた。それまでは凄くタフな印象しかなかったからな。……いや、気付かせなかったのか」  少し遠い目をして語る矢織先輩の、滅多に見せない憂いを帯びた表情。  それは、当時の春日さんの気持ちを思い返しているからだろうか。 「それがあいつの持ち味なんだろうが……北斗は優しすぎるし、お前は鈍すぎる。というか純すぎる。そんなお前らの未来を俺達なりに案じているんだぞ」 「――先輩、俺は……」    もっと普通の恋愛ですら、ためらってしまうんです―――    その想いを、苦い気持ちで飲み込んだ。 「……あいつは、俺を肉親のように大切にしてるだけです。恋愛の対象とは違う」  そう言い切っても、矢織先輩は否定しなかった。 「吉野がそう感じているなら、北斗があえてそういう態度を取っているせいだろう。何か考えがあっての事だと思うが。どっちにしろ普通の恋人とかいう関係以上に、お前は大切にされてる。その事はしっかり胸に刻んでおけよ」  プライベートで、こんなに真剣に諭されたのは初めてだった。    北斗のせいだ。  あいつが俺を、特別扱いなんかするから……。  だけど、矢織先輩と話せた事で、今までずっと引っ掛かっていた疑問は、完全に解消された。 「先輩、忠告ありがとうございます。俺にとっても……あいつは本当にかけがえのない大切な奴で、……この街で彼に出逢えた事、すごく感謝してるんです」 「そうか、――ならいい。ま、見てる分には面白いからな」 「はあ……」  心配……してたんじゃないのか?   俺にはこの人は掴めそうもない、器が違いすぎる。  そんな人に対等に約束を取り付けた北斗って……一体、何者!?  益々、謎の深まる同居人の事を考えていると、 「そろそろ次の試合が始まるんじゃないのか?」  会場を顎でしゃくった先輩に慌てて頭を下げ、急いで試合場に戻りながら、さっきの矢織先輩との話を振り返ってみた。  俺の一番知りたかった事―――  細く、見失いそうな糸を辿っていった先には、やっぱり北斗がいた。  田舎で孝史が『成瀬が裏で手を回してる』と言ったのは、本当だったんだ。  この街に帰ってきて、多分…川土手で悩みを打ち明けた時からずっと……守られてた。  額の傷跡へ口付けて、母への感謝のキスだと言った。  あの時は何の事だかさっぱりわからなかったけど、今なら少しだけわかる気がする。  命がけで俺を守った両親への、感謝と哀惜。  それと、これからは二人の代わりに俺を守るという意思表示だったんだ。  そしてそれを実行していた。  俺にさえ、その存在を気取られないよう気を配って……。  試合場で待つ、監督の元へ向かう足が止まった。  北斗の優しさに包まれていると……見守られていると感じる。 『―――ずっとそばにいる……  ひとりじゃないからさみしくないよ―――』  ふいに、事故の後で聞いた、あどけなく優しい声が耳の奥に響いた。  そうだ、俺は一人じゃない。  ……いつでも、あいつは傍にいてくれた。  いつの間にか、目の前が滲んでよく見えなくなっていた。  どうしてくれるんだ、大事な試合の前にこんなに動揺させて。  あの安達先輩でさえ、プレッシャーのあまり緊張したというのに……。  胸の中で呟いて、傍の壁に寄りかかり、心が平静になるのを待った。  次に歩き出す俺は、きっと誰よりも落ち着いている。  手にしたタオルに忍ばせていたキーホルダーを強く握り締め、そう自分に言い聞かせた。
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