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―――足、大丈夫だ。
屈伸を何回かして、震えが治まっているのを確認したら、後は何ともなかった。
勝った事に緊張しすぎていたようだ。
『―――只今より男子個人戦の決勝戦を行います―――』
場内アナウンスに拍手が起こる。
「行って来い」
「健闘を祈ってる」
監督と主将の声に頷き、試合場へと進んだ。
相互の礼をして帯刀し、開始線で竹刀を抜き合わせつつ蹲踞する。
主審の宣告で、今日最後の試合が始まった。
相手に迷いはない。大柄な体躯のままに真っ向勝負で挑んできた。
何回か竹刀を合わせ、少し離れて間を置く。
来る!
俺の胴を狙い、誘っているのがはっきりと読み取れた。
技術よりも力でねじ伏せるように攻めてくる、けどスピードは千藤先生の方が数段早い。
ぎりぎりのところでかわし、がら空きになった面部にすかさず打ち込む。
ビュッ!!
―――竹刀の風を切る音、やっぱり大好きだ。
パンッ!
面を捉えた瞬間、審判の旗が迷う事なく三本上がった。
開始から三十秒経ってないだろう。
場外からは、拍手よりざわめきの方が多く聞こえた。
「二本目」
相手の動きが変わった。
一本取られた影響か、動きに積極性がなくなった。
様子を探ってくる松坂さんに合わせて数度打ち合い、自分が慎重になったことで攻めあぐねていると思わせる、心理上の駆け引き。
これも卑怯というなら、剣を交える面白さなんか永遠にわかるはずない。
そんな俺の思惑に、松坂さんがあっさり引っ掛かった。
再び攻めの姿勢をあらわにした相手の、油断からできた隙をつき、仕掛けてくる竹刀を思い切り叩きつけて怯ませた刹那、二度目の面を打ち込んだ。
パンッ!!
しんとした会場に、乾いた音が響いた。
「勝負あり!」
試合開始から、わずか二分足らずの勝利。
重苦しい優勝。
……こんな結果、辛いだけだ。
松坂さんと藤木さんの違い。
年下で無名の俺を甘く見た松坂さんと、対等に臨んだ藤木さん。
その気構えの違いが、はっきり剣技に出ていた。
俺も、キーホルダーを落とさなかったら、怒りに任せて最低の試合するところだった。だけど―――
本当なら……俺を対等に見てくれてたら、こんな簡単に勝てる相手じゃないんだ。
相模主将と兵藤さんを破って、ここまで勝ち上がってきた人なんだから。
唇を噛み締めたまま開始線に戻り、蹲踞して納刀すると、後退し相互の礼をした。
藤木さんの凄さが、会場の人達に少しでもわかってもらえただろうか……。
――――全て終わった。
これが、俺の望んだ個人戦だったのか?
こんな結末、誰一人望んでやしないというのに、場内アナウンスが涼しげな声で、全試合の終了と、表彰式の案内を告げた。
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