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「吉野、おはよう」
明るい声に振り向くと、藤木が手を上げて真っ直ぐ俺達の方へ来る。
それを見た山崎が「いい所へ」と言うように思いっきり手招きした。
「藤木、こいつの隣はお前に譲ってやる。俺、気になる子がいるからそっちに移る。じゃな吉野、寂しいだろうけど我慢してくれ」
俺の肩に手を置き、真面目な顔で許しを請う。
「バカ! さっさと行けよ」
くだらない事を言って席を立つ山崎に手で追い払う真似をしたら、藤木が笑いながら空いたばかりの席に鞄を置いた。
「僕でもいい?」
「もちろん、嬉しいよ」
そう答えると、藤木の笑みが意味合いを変えたように見えた。
「山崎と仲良いよね」
「うーん、仲がいいって言うより巻き込まれてるだけの気がする」
「ふふ、それは言えてる」
同意した藤木が「あのさあ」とイスに腰掛けながら、トーンを落して話しかけてくる。
俺に声を掛けたのは、どうやら同じクラスになった挨拶、だけじゃなかったみたいだ。
「去年の夏休みから、ずっと吉野に訊きたい事あったんだ」
「うん? そんな前から? …何用?」
何かあったか? 全然見当がつかないんだけど。
あれこれ想像していると、違う違うと手を振った藤木が本当に思いもしない事を訊いてきた。
「洸陽学園の『藤木 透』って、知ってる?」
「う……もちろん知ってる。去年のインハイでうちの元主将…矢織先輩が負けた相手だ。でもいい試合だったんだ。決勝戦より見ごたえあった。けど、相手が二年生だったって後で知ってびっくりしたんだ。この県じゃ有名な人なんだって」
そう説明すると、藤木が一瞬戸惑った。
「……彼ね、僕の従兄弟なんだ」
「ウソ! ほんとに? あ、そうか『藤木』って、苗字一緒だ」
その事に今更気付いた俺の様子に、藤木が苦笑を洩らした。
「透の方が先に準々決勝の試合終ったから、隣の吉野達の試合見てたんだって」
「え、そうだったのか?」
「うん、『あの試合があったから勝てた』って、去年お盆に会った時言ってた」
「うわー、最悪だ! 主将、動き読まれたのか」
机に肘をついて頭を抱えると、
「違うよ。吉野達、延長戦になったって聞いた」
試合のルールをよく知ってるような口振りで、藤木が答えた。
そうか、従兄弟が強いって事は試合の話もよく聞くだろうし、帰宅部の藤木は応援に行く事もあるのかもしれない。
それになんと言っても頭いいんだ。何でも知ってて当たり前、なのか?
「あの試合は、俺も結構頑張った。なんか集中できて、力全部出し切れたって感じ」
「そうだったんだ。『あれで相手の体力かなり消耗した』って、『準決勝までに完璧に回復されてたら絶対敵わなかった』ってね」
「え、…そんな事言われるとすごく複雑。俺、もしかして矢織先輩の足、引っ張ったのか?」
なんとなく申し訳ない気がして聞いてみると、「かもね」とあっさり同意された!
「でも…透は吉野を気に入ったみたいだよ。一度やってみたいって言ってた」
落ち込ませたお詫びにか、そんな愛想を言ってくれる。
「……ありがと。でも彼、全国でも確かベスト十六に入っただろ? 実力違いすぎるよ」
「透の人を見る目は確かだよ。ま…今回のは『次の対戦者の顔が見たくて目で追ってたら、相手をした子が傍で面を外して、その子の方がインパクト強くてさ』って笑ってたけど」
「何で? 俺、注目されるような事、何もしてなかったはずだよ」
「吉野が何もしなくても、周りの人は一度見たら印象に残るよ。透も同じだったんだろうね、わざわざ僕に吉野の事、訊きに来たくらいだから」
「はあ。…でも、そんなすごい人が俺とやってみたいって思ってくれるなんて、それはすごく嬉しい。なんか燃えてくる」
拳を握って答えたら、藤木が珍しく声を上げて笑った。
「アハハ、熱血だなぁ、見た目はこの上なく冷めてるのに」
そう言うと、好奇心に満ちた瞳を向けてきた。「吉野ってすごく面白い。今年は行事の当たり年だから色々と楽しめそうだ。よろしくね」
差し出された手を握り返し、「俺も」と答えて失笑する。
彼には体験学習の時、散々世話になっていたから、今更な気がしたんだ。
そんな俺達の背後で「おい、吉野」と聞き慣れた太い声がして、大柄な新見が大股で近付いてくると、すぐ後ろの机の上に潰れた鞄を放り投げるように置いた。
「今日、部会あるぞ。三‐Dの教室に十一時半集合だ」
「三‐D? 珍しい、部室じゃないのか?」
「ああ、新任の監督の紹介だ。かなりの実力派らしい」
用件だけを素っ気なく伝える。
無骨そうな風貌そのままの口調に、去年は少なからず怯えたけど、今ではもっとも頼りになる部の仲間だ。
その新見の情報に瞬時に反応した。
「ほんとに? 相手とかもしてくれるのかな?」
「さあな、でも先輩の話じゃ『玉竜旗』で二年連続十人抜きしたらしい」
派手な音を立てて引いたイスにドカッと座って教えてくれる。
「え! それってすごくないか? 噂がほんとだったら、是非相手して欲しい」
今まで指導してくれたのはほとんど三年生だった。
その人達が卒業して、お飾り程度の監督も離任していき、今年の三年生は七人、俺達が八人。
前監督はともかく、実力者が抜けて物足りなく思いかけていたんだ。
「吉野は実践向きな性格だからな、見かけによらず」
それを聞いた藤木が、隣でクスクス笑い出した。
「やっぱりそうなんだ。まあ、あんまり穏やかっていう感じはしないけど」
「そうかな? …でも、売られた喧嘩はしっかり買うかも」
「似合わない」
新見に淡々と言われ、負けず嫌いな俺が顔を出す。
「何で? 俺、案外強いよ」
「その前に、一瞥だけで瞬殺しそう」
藤木の返事に「できるか!」と、思いっきり睨みつけてやった。
何だか俺の周りってこんな奴らばっかり?
藤木だって見た目はインテリっぽく見えるじゃないか。
新見なんか、見るからに硬派って感じで、こんなバカ話に乗るようなタイプにはどうしても見えない。なのにどこにいても存在感だけは異様にでかいんだ。
前に北斗が、山崎と出会って周りに色が付いた、と話してたけど、それにも素直に納得してしまう。
あいつに声を掛けてから俺の周辺は極彩色だ。色んな奴らが集まってくる。
そんな事を考えていると、教室の一隅で女子が何やら騒ぎ始めた。
そっちに目をやった俺達も、自然と会話の内容を拾う。
話はどうやら先月行われた卒業式の事らしかった。
藤木はもちろん、新見もすぐにピンときて目を見交わす。
女子の騒ぎの元には、例のごとく北斗が絡んでいたんだ。
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