新たな出会い

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 西城は高校としての歴史はかなり古い。  終戦までは規律の厳しい男子校として有名で、行事にも至る所に当時の名残がある。  女子がここを嫌う理由もそんな所にあるのかもしれないけど、戦後六十年以上経ても改善しようとしないのは、学校側があえて残そうとしているとしか思えない。  文化祭と体育祭を一年置きに催すこの高校は、体育祭の方に断然力を入れている。  一方の文化祭は去年、文化部を中心に行われたけど、本当に地味だった。  その熱の入った体育祭が今年あるから、藤木も『行事の当たり年』って言ったんだ。  特に二日目の運動部の出し物は前評判も高く、西城祭には地元の人達も大勢訪れる。  それと去年入学早々行われた、漁港での体験学習。  それから二年生の二月にある修学旅行は、今や海外旅行が大半を占める中、北海道にスキー合宿だ。  そして、今話題になった卒業式。  先月の卒業式で初めて知った。式の流れ自体は少しも変わらないけど、卒業生代表の挨拶だけがちょっと違っていた。  一般の高校では答辞を読み上げて終わりなのに、その後で自分の信頼する後輩を名指しで呼び、後を託す言葉をかけるんだ。  その時の事が話題になり、俺は瞬時に一ヶ月前のあの空間に引き戻されていた。  卒業生代表で、元野球部キャプテンの春日(かすが)さんが答辞を読み上げた後、新生徒会長の小野寺(おのでら)さんに声をかけたところで、兄姉のいない一年生が最初にびっくりした。いきなり何が始まったのかと思ったんだ。もちろん俺も例外じゃなかったけど、今年に限ってはその後、式場にいた皆が驚いたはずだ。 「私事で恐縮ですが」と付け足して、北斗の名前を呼んだからだ。  一年生が呼ばれるのは当然初めての事だ。  春日さんも北斗も野球部だから、全く関係ないわけではなかったけど、その名前が呼ばれた時、会場からも訳のわからないどよめきが起きて、俺の心拍数は一気に跳ね上がった。  でも、当の北斗は動じる風もなく立ち上がり、壇上の元キャプテンに軽く頭を下げた。  すると、射るような眼差しで見下ろした先輩が、ゆっくりと口を開いた。 「成瀬、西城の規則を破ってまで強引に入部した事に対する責任は、きっちり果たせ」  厳しい口調での重い一言に、体育館が今度は水を打ったように静まり返った。  生徒の自主性を重んじる校風の元では、こんな事くらいでいちいち先生が出てきたりしない。  斜め後方の席に、俺も含めみんなの目が集中する。  だけど、向けられた視線を一身に受けた北斗は、 「―――最善を尽くします」  と、いつもの穏やかな声で答えた。  春日先輩が微かに頷き、それを見た北斗が壇上に向かって鮮やかに微笑み返した。  先輩の口元にもふっと笑みが浮かび、それを合図に一礼してイスに座った。  侵しがたい、凛とした空気に会場はしばし静寂に包まれ、息を詰めて見守っていた俺は、大きく息を吐き出した。  ふと見ると、あちこちで同じような光景が……。  皆、一様に緊張していたんだ。  今、女子が話題にして騒いでいたのも、あの場に居合わせた心境をそれぞれが口にして、盛り上がっていたからだった。 「―――僕、息止まったよ。『責任果たせ』って言われた時……」  藤木が、パタパタと手で顔を仰ぎながら言うと、新見も「だな」と、相槌を打つ。 「それにしても見事にかわしたよな、あいつ。俺、あんな真似できそうにねえよ」 「誰にもできる訳ないって。僕だったら呼ばれただけでビビッちゃって、立つのも無理だよ、きっと」  去年、新入生代表の挨拶をしたとは思えない弱気な台詞に、 「何言ってるんだ、入学式には上から挨拶したくせに」  そう言って笑うと、藤木が否定を込めて大きく首を振った。 「あれは事前に知らせてあるから……内容も決まってるし。不意打ちとは全然違うよ」  どことなく自信喪失気味の声音に、北斗の本心を明かしそうになって、口を噤んだ。  自分から同居をバラす訳にはいかない。  周りには『何となく気が合って仲良くなった』という事で口裏を合わせていたから、必要以上に親しいと思わせる言動は避けていた。  それに『大切な子』の存在を訂正したくない、という北斗の意向を尊重しているせいでもある。 「北斗だって同じだったと思うよ」  それだけ言おうとしたところで、教室の扉が開いた。  二‐Eの担任―丸山(まるやま)先生―が、出席簿を手に教壇に立ち、俺達の会話もそこで途切れた。  
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