新たな出会い

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 新二、三年生が体育館に集まり、始業式が始まる。  先生の話をぼんやりと聞きながら、俺は再び、卒業式の日の夜を思い出していた。   あの夜、遅く帰ってきた北斗に、さっきの藤木と同じような事を言うと、ソファに深く座った北斗から珍しく沈んだ声が返ってきた。 「全校生徒が俺の途中入部を許した訳じゃないからな」 「だって…五百八十人程署名集まったって、山崎も自慢してたよ」 「そう。十人以上は反対だった」 「そんな……」  かける言葉を失ってしまった俺に、北斗が素っ気無く続けた。 「その中に、春日元キャプテンもいた」 「え、そうだったのか? でも、春日さんは入部しなかった事情知ってるんだろ?」 「どうかな、もう引退してたから。……だけど今のキャプテンから聞いてたかもな」 「だったらどうして?」  新キャプテンは確か結城(ゆうき)先輩だ。明るくて元気で、夏の青空がよく似合う人だった気がする。  そんな人をキャプテンに推すくらいだから、こんな裏事情みたいな事が嫌いなのか。  色々思考を巡らしていると、当事者の北斗が人事みたいに口を開いた。 「どうしてか……俺も今日までずっと考えてた。もちろん、二つ返事で許してもらえるとは思ってなかった。俺に一番熱心に勧誘してきた人を裏切ったんだ。そしてまた、先輩の引退を待っていたようなタイミングで無理に入部した」  ソファの背にもたれ、溜息を吐く北斗の隣に、俺も腰を下ろした。  確かに間は悪かったかもしれない。でも、それは彼のせいじゃない。 「入部してから春日先輩と顔を合わせる事がなくて……今日、式で久しぶりに名前呼ばれた」  そう話す北斗の声が、少しだけ明るくなった。「俺、あの人すごく好きなんだ。プレー以上に人間性が。中学の時以来ずっと憧れの人だったから、四月に裏切るような真似した時……辛かった。だから、何を言われても、最後の言葉はしっかり胸に刻んでおこうと思って、覚悟した」 「それがあれか――」  はーっ…と、その日二度目の大きな息を吐いたら、北斗がクスっと笑った。 「あれは春日先輩から俺への、(はなむけ)の言葉だ」 「? どこが? それに餞って普通、出て行く人に贈る言葉だよ」 「そうなんだけどな。俺、やっぱりこの人好きだって思ったら、自然に笑みが浮かんで…嬉しくてさ。そしたら、先輩も笑ってくれたんだ」  子供みたいな無邪気な顔。本当に嬉しそうだ。 「あの人に近付きたいって思った。最後まで厳しくて温かい、冷静な人だった。……同じグラウンドに、立ちたかったな……」  そう言った表情は何だか淋しそうだったけど、俺にはさっきの餞の意味がわからない。  尋ねたら、身体を起し、ポリポリと頭を掻いた北斗が、 「『次期キャプテンはお前だぞ』ってこと」  と答えた。 「……何でそうなるんだ? わからない」 「俺、途中入部で大騒ぎ起こしたからキャプテンの事なんか全然頭になかった。それにできない。山崎が適任だと思ってる。それを見越して『逃げるな』って言ったんだ。あえてあの場所から、自分が悪者になるかもしれないのを承知の上で、な」  膝の上に組んだ指を見つめながら話す北斗の言葉から、春日先輩の心情を追ってみた。  先輩は北斗の引け目を、どうにかして取り除いてやりたかったんだ。  普通に諭しても、自分のとった行為を許さない事、誰よりも知ってた?   それであの発言に繋がったのか。  北斗が先輩の真意に気付かず、告げられた言葉をストレートに受け止めて傷付くか、俺達みたいにただ『厳しい人だ』と思う可能性の方が、圧倒的に高かったにも関わらず……。  そう理解した俺に重なるように、北斗が続けた。 「署名してくれた人達にはそれに報いるように、しなかった人には納得するだけのものを見せろって、それでわかった。春日先輩が署名しなかった理由、『俺に認めて欲しいなら、裏切った分、部員の為に尽くせ』って、『途中入部を、責任から逃げる口実に使うな』、それを伝える為だったんだ。署名が集まる事も、野球部に入れる事も全部見越して、その一歩先を考えてた。自分が署名(ゆる)したら、俺の為にならないって。その事に気付いて、あの人の大きさに……今日、また惚れ直した」 「…………」  北斗は先輩の残したメッセージを、正しく受け止めた。  壇上で、僅かに口元に笑みを浮かべた春日先輩。  最後に見せたのは厳しい口調とは裏腹な、安心しきった眼差しだった。  後押ししたのは山崎達だけじゃない。春日先輩も北斗の為に心を砕き、自分のできる最大限の力添えをし、卒業していったんだ。 「じゃあ、キャプテン…するのか?」 「――悩みが増えたな」  どうするつもりなのか……実力も人望も、間違いなくトップのこいつは。 「ま、まだ先の事だし、俺より二年の先輩の方が、悩み増やされて大変だ」  それきり黙って目を閉じた。  西城では、どの部でも普通三年生が次の部長を決める。  その決定にはまず逆らえない。  見つめる俺に、 「悪い瑞希、ちょっとだけ膝貸して」  急に睡魔が襲ってきたのか、倒れるようにソファに横になった。「駿が…来たら……」  ぽつりと呟くと、そのまま俺の膝を枕代わりにして眠ってしまった。  北斗の、見た目よりも柔らかい髪をそっと触った。  疲れた顔してる……。  先輩が卒業して淋しいのか、別れを嫌う北斗はこの季節があまり好きじゃないと知った。    
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