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始業式を終えた二‐Eの教室では、先生の話に続き、簡単な自己紹介が始まっていた。
クラス替えも新鮮だったけど、その都度自己紹介するなんて、思ってもいなかった。
去年は俺、何て言ったんだっけ? 名前と出身中学だけ言って終った気がする。他に言う事なんて何もなかったし、でも今年は……。
二十八人の男子と十二人の女子、二年はどのクラスもその割合だ。
女子が慣れたからか、山崎達の願いが届いたのか定かではないけど、俺の心は今とても穏やかだ。あんなに他人の…女子の目を気にして怖れていたのに。
これは、北斗のかけた魔法だな、きっと。
そんな事を考えていると、二列目に座る西沢が呼ばれた。
……髪、伸びた。実は本人は少しも気付いてないけど、男子の間では密かに人気がある。
見た目、大人しく落ち着いた雰囲気に反して、時々すごく抜けた事をしでかすのが可愛いと、去年一‐Eで話題にもなった。
男だけのクラスだと他の女子の目を気にせず本音が出まくりで、聞いているだけで中々面白かった。
彼女に、北斗と俺の事はまだ話していない。
でも北斗の野球部への入部が決まった日、『やっぱり勇気出して吉野君に相談してよかった。本当にありがとう』
と礼を言われ驚いたけど、西沢の表情がすごく明るくて、彼女の心の負担が減った事を実感して、それがとても嬉しかった。
「じゃあ次、山崎」
出席順に名前が呼ばれ、山崎が周りから囃し立てられながら立った。
「知らない奴はいないけど、山崎孔太郎です。今年は女の子と一緒のクラスですっごく嬉しい♪ 俺に興味のある子はいつでも声をかけてくれ。二十四時間受け付けてるからな」
「こら! 女子にだけアピールするな。一応授業の一環だぞ、人前で話す要点をだな―」
「ハイハイ、今のは前置き。こっからが本番です」
先生の言葉を遮り、山崎が続ける。こうなったら彼の独壇場だ、誰にも止められない。と思っていると、
「今年は俺、全てを野球に賭けてるから、みんな応援よろしく頼む」
真剣な声で言って、頭を下げた。
「どうしたんだ? 山崎」
「孔太が燃えてるーっ!」
口々に野次を飛ばしながらも、クラス中が一際大きな拍手を送る。先生が渋い声を作り、
「――という事は、授業は捨てるという訳だな」
山崎を睨む振りをするけど、そんなものに怖気づく奴じゃない。
「うーん、そうなるかな? けどこのクラスは藤木と西沢がいるから、俺がこけても全体のレベルはそう変わらないっすよ。元々貢献してないし」
と、ふざけた返事をする。
そんな山崎に「もういい」と手を払って座らせ、
「じゃあラスト、吉野。最後だからびしっと締めてくれよ」
山崎のせいで余計な注文が付けられ、おまけに皆の意識が自己紹介に集中してしまった。
何故かクラス中の注目を浴びて立ち上がり、名前を言う羽目になった。
……全く、こいつが絡むとホントろくな事にならない。今年度も先が思いやられそうだ。
「えっと、吉野瑞希です。この街に来て二年目になりますが、同級生の名前も大分覚えて、高校生活もすごく楽しく感じてます。今年は行事も沢山あるから、このクラスの皆で盛り上がれたらいいと思ってます」
「俺も吉野と盛り上がりたいっ!」
誰だかわからない声が上がり、すぐにクラス中が騒然となった。
一体何なんだ、このノリの良さは?
「こら、お前ら静かにしろ! 盛り上がるのは行事の時だけでいいだろ」
呆れたように言う先生に、「はーい」と答える笑い声。
明るい。けど、歯止めの存在が必要なクラスだ。こんな連中をまとめていける奴は一人しかいない。
「じゃあ藤木、このクラスをよろしくな」
山崎に便乗して、藤木に振ってやった。
「またか、なんで僕なんだよ」
隣の席から見上げられ、文句を言われたけど、藤木の統率力は並みじゃない。
「俺、体験学習の時まだここに来て間がなくて、皆の事も知らなかったけど、藤木がリーダーしてくれてすごく心強かったんだ。彼がトップなら安心してついていける、そう感じた。皆はどう思う?」
クラスに声を掛けると山崎が一番に手を叩いて賛成の意思表示をしてくれ、他の皆も続くように拍手が起きた。
慌てた先生が両手で押さえ、
「次の議案が先に決まったな。じゃあ前期のクラス委員頼むぞ」
代表に藤木の名前を書き込んだ。
「吉野ー、じゃあお前『副』してくれよ、でないと受けない」
そう言われてまた拍手が起こり、一旦座りかけた俺が「ちょっと!」と慌てて立ち上がると、それ以上に大きな声で「待った!」と、叫んだ奴がいた。
振り向くと新見がすっくと立ち上がり、
「悪い、それ勘弁して」
思いが通じたのか、俺の気持ちを代弁するように言ってくれた!
当然だ、今でもぎりぎりの生活してるんだ。他の皆は俺に両親がいない事はもちろん、俺が元々この街に住んでいた事も、家があるのも知らない。
雑用だけでも結構大変なんだ。今は北斗が半分以上してくれるから助かってるけど……そう思って新見に感謝しかけた俺は、彼にテレパシーなんか全くなかった事を、即思い知らされた。
「こいつ、剣道部の主将候補だから、ここで役付けさせないでくれ」
「なっ……新見! 俺知らないよ、何勝手に決めてんだ!」
クラス委員より重いじゃないか!
「勝手じゃない、先輩達に頼まれたんだ。『次の主将に吉野を押すから、役が当たりそうになったら阻止しろ』とさ、先輩の温情だな。さすがに掛け持ちは気の毒に思えたんだろ」
「…………」
呆然として、開いた口が塞がらない。これのどこが温情なんだ!
「もしもーし、吉野?」
呑気な声が俺を呼んだ。丸山先生だ。
空ろな視線を送った俺は、先生の次の台詞に打ちのめされた。
「それ程ショック受けなくてもいいだろ? 中学の時は剣道部の部長と生徒会の役員、兼任してたそうじゃないか」
言わなくていい事を教える先生に、周りからどよめきが起きたけど、……止めてくれ。
一年間世話になる人を、それこそ瞬殺しそうな眼差しで、思いきり睨んでしまった。
言い返す声が冷気を帯びて低くなるけど、どうしようもない。
「先生、俺の中学では部と生徒会、みんな掛け持ちしてたんです。人手不足なもんで…」
答えた瞬間、どよめきが爆笑に変わり、恥ずかしくて顔が上げられず、イスに座り込んで机に突っ伏した。
――『剣道部の次期主将』
新見の言葉が頭の中でぐるぐる回る。
現在総勢十五人。新入生が入部してもう少し増えても、他の部よりは少ないかもしれない。
けど、それでも俺には負担が大きすぎる。中学の時の十人に満たない部員とは、掛け離れすぎてる。
心の中でのた打ち回る俺を残し、他の皆はクラスの副を新見に押し付けた。
俺と同じく、苦悶の表情で席に着いた新見を見やると、「何で俺が……」と、ぶつぶつ言ってる。
そうだよな。よっぽど好きじゃないと、こんな役付けは誰でも気が重いんだ。
藤木を認めて頼んだつもりだけど、彼にとっても重荷でしかなかったかもしれない。
後で謝っておこうと密かに反省した。
それにしても俺の人生、反省ばっかりだ。
新見から爆弾を手渡され、おろおろしている内に、ホームルームが終了した。
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