新たな出会い

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 皆が帰宅の準備をして教室を出て行く中、俺と新見、そして本城と三人、階段を下りて三‐Dに向かう足取りは重い。先輩の意向を聞いたせいだ。 「吉野、まだまだ先の事だよ。それにそれだけ先輩に期待されてるって、僕は羨ましい」  後ろからついて行く俺に、小柄な本城がぽつりと零した。「僕なんか皆の足を引っ張らないようにするだけで精一杯だもん。誰にも迷惑かけないように、でも強くなりたくてこの部に入ったけど、後悔しまくりだよ、自分の弱さが余計に目立って。これで一年生が入ってきたらと思ったら、本当に気が重いのは僕の方だよ」 「こら、何つまらない事ぐだぐだ言ってんだ?」  頭一つ分低い本城を上からがしっと掴み、髪をぐしゃぐしゃかき回して言う新見に、俺も相槌を打った。 「そうだよ、俺のじいさんも『剣道が強いから人間ができているとは言えない』って言ってた。『弱くても自信や誇れるものがあれば、心はいくらでも強くなれるし、そんな奴の方が人として輝くんだ』って。俺もそう思うし、本城は絶対部活さぼったりしない。心が強い証拠だ」  強い口調でそう言い切ると、乱された髪を整えつつ本城が振り向いた。 「ありがと。吉野に言われたら自分がすごく偉くなった気がする。一年前はその容姿に驚いて腰が引けたけど、あれから吉野を知る度、何だかどんどん惹き付けられるよ」 「お、(まこと)もか?」  廊下を歩きながら話す本城に、新見が珍しく砕けた口調で応えた。「俺も対戦して負ける度に、こいつのような存在ありえないって腹立つのに、また相手して欲しくなる。桁違いに強い奴って敬遠されがちなのに、挑みたくなるのはどうしてだ?」  二人は保育園からの幼馴染。  この学校の(ふもと)に家があり、お互いもすぐ近所らしい。 「さあ? 僕まだそのレベルにも達してないから、よくわからない」 「何言ってるんだ、また相手して欲しいって思うのは俺の方だよ。新見には力じゃ絶対勝てないから、その分技を磨いていかないと……」  三人で話しながら教室のドアの前まで来て、立ち止まった。 初めての教室、それも相模(さがみ)主将のクラスだ。先輩ももう集まっているみたいで、気後れしてしまう……。 「何してる、早く入れ。お前らが最後だぞ」  後ろから声を掛けられ、びっくりして振り向くと、三十才前後の精悍な顔付き、引き締まった体躯の男の人が立っていた。  見たことない、けど鋭い目付きにピンときた。  この人が、玉竜旗で十人抜きした人だ。  思った通り、自己紹介したその人は「千籐 晶(せんどう あきら)」三十一才、古文教師として赴任してきた先生だった。  そういえばさっき新任の挨拶を、全校生の前でしてたっけ? 「西城高は由緒ある高校だ、そこに着任できて嬉しく思う。俺は日本文化が好きで剣道を始めた。古文の教師になったのもそこが原点だ。お前らにも少しでも多く日本文化に触れて欲しいと思っている」  そう言って部員をぐるっと見回した。  古文。う~ん、似合わない。  外見で判断するものではないけど、第一印象ではどう見ても教師にすら思えない。格闘家という雰囲気が身体中から(にじ)み出ている。  だけど次の言葉で、先生の外見の事は吹き飛んでしまった。 「そこで提案なんだが、今までインターハイ重視で地方の大会にはあまり参加してなかったようだが、自分が体験してみて九州の『玉竜旗』は、高校生活の思い出として参加して欲しいと思うし、お前達にはその資格がある。どうだ、出てみる気はないか?」  そう言って、一人一人に視線を巡らせた。「仮にインハイ出場できたとして、日数的には厳しいものになるが他校もそれをこなしている。無謀な話ではないと思うが――」 「行きたいです!」  言おうとした言葉を、相模主将が真っ先に叫んだ。「俺、その大会をビデオで見て、剣道始めたんです。できるなら夢を叶えたいです」  数人の先輩が後を追うように答え、千籐先生が満足そうに頷いた。 「今、玉竜旗参加校は五百を超えている。参加する事に意義があるなんて小さな事言わずに、優勝旗を九州から引っ張り出してやれ!」  その(げき)で、一気に盛り上がってきた。  みんな口に出した事はなかったけど、やっぱり憧れていたんだ。  新しい監督の(もと)、早くも部員の心が一つになった気がした
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