古のドラゴンと伝説の剣士

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古のドラゴンと伝説の剣士

 途切れそうな息を押し殺して、私は闇夜の森に身を隠した。こんな所に隠れたって、時間稼ぎにしかならないことくらい、わかっている。でも、少しでも状況を整理したかった。  最近は村の近くでも魔獣がでてくるという噂は、他のエルフ達から聞いていた。だから森に入るときは、必ず弓を持つようにしていたのだ。  でも、まさか。  あの、錆色の鱗を持つ、古のドラゴンが出てくるなんて。  50年前、私達の村はたった1体のドラゴンによって半壊させられた。家々は焼かれ、幼い子供から年老いた老人まで、奴は気の向くままに、惨たらしく食い散らかした。その時、唯一の肉親だった兄は、私を庇ってドラゴンに食い殺されたのだ。  当時はなんとかドラゴンに深手を負わせ、追い返すことに成功したのだが。  まだ、生きていたんだ……  私はゴクリと喉を鳴らすと、幹の隙間から顔を出し、ドラゴンの様子を伺った。  昔見たドラゴンと同じ、錆色に輝く鱗を全身に纏わせている。なにより、額に埋めこまれた緋色の宝玉が、あの時と同じドラゴンであることを物語っている。  ドラゴンの進む方角……間違いない。あいつはまた、私の村を襲うつもりなんだ。荒くなる呼吸を整えながら、なんとか正気を保つ。  私が持っているのは、どこにでもある普通の弓矢だけ。  こんな武器じゃかすり傷ひとつ、つけられない。そんなことはわかっている。でも、このままじゃ村が……  背後から木々を薙ぎ倒し、巨体をうねらせながら、ドラゴンが近づいてくる音が聞こえてくる。  首筋に、嫌な汗が流れた。怖い。できることなら、このまま逃げだしてしまいたい。 「エルフの娘よ、どこに隠れても無駄だぞ」  地の奥底から湧き上がってくるような声に、心臓が縮みあがる。ドラゴンは長い首をもたげ、下卑た笑みを浮かべていた。 「娘よ、貴様の考えている通りだ。我は再び、エルフの村を恐怖の炎で蹂躙(じゅうりん)してやるのだ」  ドラゴンに焼き尽くされた50年前の村の光景が、一気にフラッシュバックする。跡形もなく焼かれてしまった家の残骸、破壊された祭壇、燃え広がる草木、焦げた肉の、あの臭い…… 「お前は我の久しぶりの食事の前菜にしてやろう。エルフの肉は格別だ。お前の兄は、大層美味かった。きっとお前の肉も、さぞかし美味なのだろうなぁ」  耳をつんざくような、けたたましい笑い声が(とどろ)く。  あのドラゴンが、兄さんを……  私の心の中に、か細い火が灯る。これは、怒りだ。そして、憎しみだ。  ドラゴンは相変わらず、嬉しそうに牙を剥き出し、笑い続けている。  あのドラゴン、狩りを、殺しを、楽しんでいるんだわ。私は唇を噛み締めると、震える手で弓矢を握りしめた。  なら、せめて……このまま(なぶ)り殺されるとしても。  例え、無駄でも、無意味でも。  せめて、この矢の一本だけでも、あの、ドラゴンに。  深呼吸をする。  大丈夫、私は誇り高きエルフ族なんだから。  恐怖で砕けそうな心を無理やり奮い立たせ、木の幹から飛びだした。 「やっと出てきたな」  錆色の鱗を震わせながら、ドラゴンは嬉しそうに牙をむく。あまりにも強大な力の前に、私の体は情けなく震えていた。  お願い、風の精霊よ。力を貸して。  私はドラゴンに向かって矢を構えると、目をつむった。  次の瞬間、ドラゴンの咆哮が響き渡り、何かが落ちる音がした。  恐る恐る目を開けると、片腕を失い、苦しげにもがくドラゴンの姿。そして私の眼前にはいつの間にか、黒衣をまとった男が立っていた。 呆然とする私を紺碧の瞳で見つめ、男は言った。 「今北産業」  闇夜のように黒い長髪をなびかせながら、男は聞いたことのない言葉を口にした。 この人間は…… 「あなたは……」 「貴様、何者だ!?」  私の言葉をかき消すように、怒りと憎しみを滲ませたドラゴンの声が、大気を揺らす。 「ググれカス」  男が振り向くと同時に、ドラゴンのもう片方の腕が地に落ちた。見ると男の右手には、漆黒の大剣が握られている。  錆色の血に染まり、月の光を鈍く反射させる剣先を眺めながら、私はこの世界に語り継がれる伝説を思い出した。
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