冒険の始まり

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冒険の始まり

 彼はドラゴンを一瞥すると、踵を返して立ち去っていく。 「待って……」  駄目だ、体に力が入らない。せっかく伝説の剣士に会えたのに。お礼も言えないなんて。  待って、行かないで!心の中で私は願った。  すると、黒衣の剣士はピタリと足を止めたのだ。  もしかして、私の願いが届いたの?  次の瞬間、凄まじい爆発音が聞こえた。と、同時に、私は剣士の腕に再び抱かれていた。  彼は初めて苦悶の表情を浮かべると、舌打ちした。 「馬鹿な、即死呪文だぞ」  さっきまで氷の牢獄に閉じ込められていたドラゴンが氷の殻を突き破り、怒りに我を忘れ(たけ)り狂う。 「許さん、許さんぞ!!」  ミシミシと音をたて氷に亀裂が入り、無情にも剥がれ落ちていく。ドラゴンは無理矢理牢獄から抜けでると、翼を広げ、私達の元に突き進んでくる。  剣士は私を地面に下ろすと、大剣を左腰に構え、突進してくるドラゴンを迎撃するため走りだした。  切先が地面に一条の軌跡を描き、闇夜の森に火花を散らす。そのままドラゴンの真正面で踏み込むと、両腕に力を込め、思い切り振り上げる。  すれ違いざま、勢いを殺すことなくドラゴンの頭から翼にかけ、叩き切った。錆色の血が飛沫(しぶき)をあげ、大地に血の華を咲かせる。  しかし、体の3分の1を失ったドラゴンが止まることはなかった。残された右腕と後ろ足を使い、一心不乱に私の方へ詰め寄ってくる。  咄嗟の出来事に不意をつかれ、反応が鈍る。  弓を……ダメだ、もう間に合わない!目前に、鋭いドラゴンの牙が迫っていた。  私は今度こそ、本気で死を覚悟した。  紫電一閃(しでんいっせん)。水平線に光が走り、地を割くような轟音が響き渡る。  目に映ったのは、大剣により両断されたドラゴンの姿だった。そして、その後ろには黒衣の剣士が立っていた。  動かなくなったドラゴンの体は灰となり、風に舞って消えていく。剣士の手に握られた宝玉だけが、ドラゴン討伐の証として輝いていた。  ついに私達は、古の魔獣を撃破したのだ。  私はすぐに彼の元へと駆け寄った。 「待って!」 「……」 「助けてくれて、ありがとうございます」 「……」 「せめて、お名前だけでも」  彼は片方の眉を釣り上げると、そっぽを向いてしまった。 「コテハンは黒歴史……本名はDQNネーム」  言ってることが、伝わっていないのだろうか。  私は彼の手をとると、自分の頬へ導いた。 「私、イバン。イ・バ・ン」  彼は困惑の表情を浮かべ、私の言葉を繰り返す。 「イバン……たん」 「たん?」  伝わった!?  次は私が彼の頬に手を添えた。相変わらずの表情だ。意味は伝わっているみたいだけど…… 「……ゆうしゃ」 「勇者?」  彼は私の手を振り払うと、背を向けた。 「待ってください、勇者様!」  歩きだそうとする彼の服の裾を掴み、進行を妨げる。勇者様は訝しげに私の顔を覗きこみ、首を傾げた。 「私も……私も連れて行ってください!お願いします!」  勇者様は、この世界の言葉すらままならない。所々わかるけど、ほとんど会話が通じない。これからのことを考えれば、必ず通訳が必要になる。こんな私でも、少しは彼の役に立てるかもしれない。  それに…  50年前の、あの惨劇。きっと今、世界中が混沌と恐怖に陥っている。あんな思いは、もう誰にもさせたくない。 「3次元に興味はない」  そっぽを向く勇者様。拒絶、されている?やっぱり、私なんかじゃただの足でまといでしか……  わかっていた……でも。  つい、俯いてしまう。 「だがしかし」  ふと顔を上げると、夜のように澄んだ黒い瞳が、私を捉えた。  いつの間にか夜は明け、地平線には太陽が昇り始めていた。  彼は言葉を続ける。 「エルフは2.5次元。萌えの範囲内。萌えは世界を救う。ドュフフ」  優しげな目、差しだされた右手。  何を言ってるのか、さっぱりわからない。でも。  私は差しだされた彼の手を、両手で力強く握りしめた。 「よろしくお願いします、勇者様!!」  言葉は通じなくても、心は通じている。私はそう、信じている。
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