恋歌ロンリネス

2/16
前へ
/16ページ
次へ
「年々、春が短くなるな」  言わずもがなの言葉がつい口を突いて出た。楓の印象では子どもの頃、五月の大型連休はまだ春だったのだ。今や四月下旬から初夏という単語を耳にする。ほとんど年寄りの愚痴の類か、と思い直して溜息を呑み込んだ。  楓は吉田キャンパスの南側にある野球場から住処の北部構内へ戻るところだった。硬式野球部とは例の実験協力を仰いで以降、例年ほどほどの付き合いが続いているが、やはりそこそこ愛着はわく。今年は春季リーグ開幕からこっち、残念な展開のゲームが続いているので、檄を飛ばしに顔を出した帰りだ。当たり前に最初っからハンディを背負った戦いだが、それは当人達はもちろん誰もが知っていることで、楓としても激励することしかできないのがもどかしいところだ。  そんな事で、悶々としながら時計台記念館前のロータリーに差し掛かったときだった。 「ん?」  時計台とその前に根を張るクスノキはこの大学のシンボルだが、ベンチ状になっているその植え込みに和服の男性が居た。傍らには杖がある。まず大学関係者ではないだろうが、K大は観光名所でもある。和装の男性は珍しいが不審ということはない。ただ、どうも様子がおかしい。教員は大学のスタッフでもあるし、観光客とお年寄りには親切に、というわけではないがと楓はさり気なくそちらへ近付いた。  近寄ればはっきりモノの良さの分かる装いのグレイヘアの老紳士。品の良い色白の細面は、若い頃はさぞかし美男子だったろう。ただ今はその形の良い眉を寄せ、明らかに困惑しているようだ。  結局、 「どうされました?」  と楓は声を掛けた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加