恋歌ロンリネス

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「やましなせんせー」  ギコギコと自転車を漕いでやって来るD1の加納に、ここだと楓は手を振った。 「おう、早かったな、よくやった」 「うちにキレイなサンダルなんて無理ゲーですよう。コレでええですか」  実験室用なのに綺麗じゃないほうが難しいのでは、と思わないでもないが、確かにどのサンダルも骨董品のような有様なのは楓も知っている。加納はその中で一番まともな一足を見繕ってくれたようだ。  急場しのぎなので、と弁解しつつ、それでも老紳士の小粋な長着や真っ白な足袋にはあまりに不釣り合いで、楓は思わず瞑目した。申し訳ないと再度口にしたところでようやく、紳士の名前も聞いていなかったことに気付いた。 「あの、今更で恐縮ですが、よろしければお名前を」 「いいえ、こちらこそとんだ失礼を。アタシは芝田と申します」 「では芝田さん、あちらのカフェでもう少しお待ち頂けますか?」  移動させるのは気が引けたが、せめて椅子がある場所でと正門近くのカフェを勧めた。楓が手を貸そうとすると、芝田氏は大丈夫ですと丁寧に断って、自ら杖を突いて歩き始めた。右足をわずかに引き摺るようなところはあるが、すっきりと伸びた背筋に目を見張る。  それを見送りつつ楓は加納にざっと経緯を話し、ボスを始め研究室のメンバに伝言を頼んだ。  加納は「センセ、やっぱお人好しですねえ」と笑って帰っていった。  顔見知りのカフェの店員が親切にお茶を出してくれたところで、御曹司から連絡があった。 「あつらえの草履を扱ってるとこで、K大からなら○○の方がええって。こっちからも連絡しとくわ」  とメッセージとともに送られてきたURLで地図を確認すれば祇園である。通常であれば地下鉄で十分だが、状況を考えて車を出すことにした。乗れればいいとばかりに雑に扱っている愛車を前に、せめてマメに掃除をすべきだったと反省しつつ、楓は芝田氏を乗せて出発した。 (ちなみに大家はまったく自動車に関心がない。身分証代わりに免許は取得したし、動体視力と反射神経と空間認識能力が破格なので、運転自体はびっくりするくらい上手いのだが、如何せん“自動車での移動”が好みではないらしく、彼の業界には珍しく自家用車を所有していない。結局、オフの間も二人で一台を使っていた。余談である。)
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