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襖に手をかける僕の手は、震えていた。
この修羅場に、乗り込んでいく自信がない。
アキラさんを救い出したい。でも、僕にそんな勇気はない。
だって、ネックレスさえ、渡せなかったじゃないか。そんな臆病な僕が、アキラさんを助けられるわけ……。
「俺が、この数週間どこにいたか教えてやろうか?」
それは、さっきより芯のある、アキラさんの声だった。
「ある親切な奴が拾ってくれたんだ。金も、何も持ってない、道端で倒れてた俺を」
あの日、アキラさんを担いで家に急いだ記憶がフラッシュバックする。ぐったりとして目を閉じていたその顔が、かっこいいなんて思ってしまったっけ。
「そいつは、俺を家に置いてくれたんだ。好きにしてていい、自由に暮らしてくれって」
家に帰ったら匂う、美味しい香り。アキラさんの作ってくれたハンバーグ、オムライス。
「その数週間、俺は文字通り自由だった。何にも縛られてなかった」
アキラさんの声だけが響く。この話を、アキラさんのお父さんや結婚相手は、何を思って聞いているのだろうか。
「俺は、もう一度あの家に戻りたいよ」
決定的だった。
アキラさんの口から出た、言葉。
あの家に、戻りたいよ。
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