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道端で困っている人を助けたら、実はその人は大金持ちだった。お礼がしたい、と言われて招かれた自宅は大豪邸!恩人として招かれた僕は高級フレンチをたらふく食べてフカフカのベッドで寝て…そうだ、メイドの女の子がめちゃくちゃ可愛くて、イケメンな僕に惚れるってのもいいかも……。
そんなありもしない妄想をしていたら、気づいた頃には時計は12の針を刺していた。外はもう真っ暗だ。
コンビニバイトを始めてもう数ヶ月経つが、相変わらず深夜のこの時間はやることがない。駅前のコンビニとかならこの時間でもお客さんはいるのだろうが、市街地から離れたここのコンビニが真夜中でも忙しいなんてことはないのだ。それ故に、自分に都合のいい妄想をする時間と化している。
今日の妄想は、人助けをしたらその相手が実は大金持ちだった、という漫画やドラマでありがちなものだ。僕は大恩人だから、ご馳走を振る舞われ、豪華なお屋敷でたくさんの可愛いメイドに囲まれる。
はぁ、なんて幸せなんだ。
こうした、自分に都合のいい妄想を毎度毎度しているのは、僕の毎日が平凡すぎることに原因がある。
新島海斗(にいじまかいと)20歳、大学2年生。
彼女なし、夢なし、出会いなし。
毎日、大学へ行って、バイトをして、寝て、起きて、大学へ行ってバイトをして、の繰り返し。
僕が高校生の頃は、大学生の生活に憧れたものだ。上京して一人暮らしをして、サークル活動なんかもやって、可愛い彼女ができて、毎日がキラキラ輝いているのだと思っていた。
だが実際、僕は憧れた大学生活とは真逆の生活を送っている。確かに上京して一人暮らしをし始めたばかりの頃は、新しい生活にワクワクドキドキだったが、1年以上経つと、家事がめんどくさいとか料理がめんどくさいとか、負の面が色々現れてくるようになった。
お陰で今ではバイト先のコンビニで売れ残ったパンやおにぎりやらに頼った生活をしている。
同い年でも、海外留学してる奴とか、ボランティア活動を頑張ってる人とか、それこそ可愛い彼女と幸せそうにしてる人なんかがいる中で、なんで僕だけこんなに平凡なんだ?!と毎日感じている。
だから、せめて妄想の中だけでも幸せな世界に浸かっていたいのだ。
「新島、お店閉めるからこのゴミ捨ててきて。」
「了解です。」
同じくコンビニバイトをしている大学3年の平井さんが僕にゴミ袋を二つ渡してきた。平井さんは違う大学の先輩だが、優しくて面倒見もいい。(のでもちろん彼女がいる勝ち組だ。)
僕が働いているコンビニは深夜0時に店を閉める。
24時間空けておいても客が来ないというのが理由だ。だから深夜のシフトには大学生の男が入ることが多く、平井さんとはよくシフトが被る。
外に出てゴミを捨て、店内の掃除をざっと行ったら退勤だ。
「っはあ、9月になると寒くなるね。」
「そうですね。」
今日のバイトを終え、平井さんと駅まで歩く。先月までの猛暑からは考えられないような涼しい秋の風が吹いている。
「そういや、彼女できたの?」
「…その話、僕にはタブーですよ。」
「ははっ、ごめんごめん。」
くそう!彼女持ちが!!と心の中で叫んだが声には出さない。平井さんは僕と違って背も高いし、スタイルもいい、頭の回転も早い、優しいし、なによりイケメン…。
僕の虚しい心に秋の風がスーッと通り抜ける。はぁ、とついついため息が漏れそうになった。
駅に着いて平井さんと別れる。僕の家はここから3駅行ったところにあるが、平井さんはこの駅の近くにアパートを借りているらしい。
「おつかれ〜」
「お疲れ様です。」
人気のない電車に揺られ、ふと窓に映った自分の顔を見る。
イケメンとは言えない顔立ち、鼻も高くないし、目がキリッとしているわけでもない。おまけに背もそこまで高くない。まさに、平凡。
「はぁ、な〜んか、すごい出会いとかないかな。僕の平凡な毎日が平凡じゃなくなるようなさ…。」
自分だけの車内で、ポツリと呟いた。
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