芸術棟倉庫

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「あたし、飛べてたんだ」 (……ん?)  酒井は、テーブルに腰かけたまま、遠い目で窓の外を眺め、ゆっくりと語り出した。 「夏までは、空高く」 (なんだ、なんの話だ?) 「だんだんと飛べなくなってきて」 「ほう」 「……信じてくれないんだね、新藤」  まずい、酒井が遠くの世界に行ってしまいそうだ。こんな埃まみれの部屋で、僕一人取り残されてしまったら大変なことになる。  そんなふうに思っていた矢先、今度は突然、酒井の方から疑問を投げかけてきた。 「ねえ、新藤。あんた夢はあるの?」 「ん、なんだよ急に」 「無さそうだから」 「あるよ、夢くらい」 「なに?」 「言わない」  僕には夢がある、壮大な夢だ。でもそれは学校の誰にも話していない。これは僕だけの秘密なんだ。 「なんで?」 「笑うだろ」 「なにそれ、笑われるような夢なの?」 「違うよ」  酒井がテーブルから飛び降り、僕の方に近づいてくる。こちらを見つめる表情は、なんだか物憂げで、とても寂しそうな……。  ──酒井のこんな表情、初めて見る。 「あたしは笑わないよ。人の夢は笑わない」  まっすぐな目で、じっと見つめてくる酒井。さすがに恥ずかしくなり、とっさに視線を外してしまった。 「ひとの夢を笑う人は、自分の夢も笑う。ひとを信じない人は、自分も信じなくなる。ひとの願いを無視する人は、自分の願いも叶わない」 「なにそれ」 「座右の銘」 「ふ、ふうん」  酒井は、ただ呆然と立ち尽くしている僕を横切り、そのままドアの方に向かう。 「最後に体育館倉庫だけ覗いていい?」 「……ああ」 「ありがと」  なんだろう……さっきの彼女の言葉。  なんだか、胸がチクっとした。  少し、後ろめたい気持ちになった。  変なことを言っているのは、  酒井の方のはずなのに……。  ──なんだか少し恥ずかしい気分に、なった。
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