22人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
「あたし、飛べてたんだ」
(……ん?)
酒井は、テーブルに腰かけたまま、遠い目で窓の外を眺め、ゆっくりと語り出した。
「夏までは、空高く」
(なんだ、なんの話だ?)
「だんだんと飛べなくなってきて」
「ほう」
「……信じてくれないんだね、新藤」
まずい、酒井が遠くの世界に行ってしまいそうだ。こんな埃まみれの部屋で、僕一人取り残されてしまったら大変なことになる。
そんなふうに思っていた矢先、今度は突然、酒井の方から疑問を投げかけてきた。
「ねえ、新藤。あんた夢はあるの?」
「ん、なんだよ急に」
「無さそうだから」
「あるよ、夢くらい」
「なに?」
「言わない」
僕には夢がある、壮大な夢だ。でもそれは学校の誰にも話していない。これは僕だけの秘密なんだ。
「なんで?」
「笑うだろ」
「なにそれ、笑われるような夢なの?」
「違うよ」
酒井がテーブルから飛び降り、僕の方に近づいてくる。こちらを見つめる表情は、なんだか物憂げで、とても寂しそうな……。
──酒井のこんな表情、初めて見る。
「あたしは笑わないよ。人の夢は笑わない」
まっすぐな目で、じっと見つめてくる酒井。さすがに恥ずかしくなり、とっさに視線を外してしまった。
「ひとの夢を笑う人は、自分の夢も笑う。ひとを信じない人は、自分も信じなくなる。ひとの願いを無視する人は、自分の願いも叶わない」
「なにそれ」
「座右の銘」
「ふ、ふうん」
酒井は、ただ呆然と立ち尽くしている僕を横切り、そのままドアの方に向かう。
「最後に体育館倉庫だけ覗いていい?」
「……ああ」
「ありがと」
なんだろう……さっきの彼女の言葉。
なんだか、胸がチクっとした。
少し、後ろめたい気持ちになった。
変なことを言っているのは、
酒井の方のはずなのに……。
──なんだか少し恥ずかしい気分に、なった。
最初のコメントを投稿しよう!