プロローグ

1/1
22人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

プロローグ

 ……また、意地悪な木枯らしが吹いてきた。  せっかく集めた枯れ葉たちが、あちこちに散らばる。冷えた両手で竹ぼうきを握る僕は、深いため息をついた。 (何をやっているんだ、僕は)  今日はひどく冷たい風が吹く。ピーコートにぐるぐる巻きの毛糸のマフラーという格好の僕をからかうように、その木枯らしは、毛糸の合間を縫って首すじに吹き込んでくる。 (こんな日に落ち葉拾いなんて)  大学を卒業しても、まだ音楽の道を諦めきれなかった僕。就職もせず、こうやって、たまに日雇いのアルバイトをしながら小銭を稼ぎ、おんぼろアパートの六畳でなんとかギリギリの生活をしている。 『日本武道館』  …………の周辺掃除。それが今日の仕事内容。  あの武道館のステージに立ち、スタンドマイクを握るのが高校の頃からの僕の夢のはずなのに、僕はいま、その武道館の周辺で“竹ぼうき”を握っている。 「本当に、何をやっているんだ」  どこからか潰れた銀杏(ぎんなん)の嫌な匂いが漂ってきて、ふと我に返る。僕はもう一度深いため息をつきながら、遠くに遊びにいってしまった枯れ葉たちを、再び竹ぼうきで集めはじめる。  竹ぼうき……。  そういえば、高校時代に変な同級生がいた。 『空を飛べる竹ぼうきを探す女』  あいつ、いま何やっているんだろう。  うるさいヤツだった。自信家で、自分勝手。天真爛漫で、破天荒で、とにかく元気な女。  そういえば、あいつがいたから……。  なんだかんだで、その同級生の女と交わしたがきっかけで、この終わりのない夢への旅路は始まった。そして結局、いまも僕は夢を諦めきれず、“白のムスタング”を抱えながら路上で、ろくでもない歌を唄っている。    ああ、そうだ。  ──全部、あいつのせいだ。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!