宣言します!

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宣言します!

「永野遥人、あと数ヶ月で入社6年目を迎えます。私は今年こそ、趣味を見つけます!」  新年の挨拶、28歳独身の僕は高らかに宣言した。  今年の僕は、例年とは違う。  並々ならぬ気合いを胸に、心意気は選手宣誓ばりの勢いを持って挑んだ。  昨晩はあまりの緊張に、「この宣言をしてしまったら、もう後戻りはできない」と自問自答を繰り返してなかなか寝付けなかったほどだ。 「ついに宣言してしまった……」  年始早々、昨日からの緊張で疲労が全身からどっと溢れる。  そんな僕のとてつもない意気込みとは裏腹に、その場で聞いていた部署の面々は、ありふれた挨拶の一つとして微笑んだ。  肩で息をしてる僕だけを残して、いつの間にか主役が次の人へ移っていった。  僕が所属している会社の仕事始めは、お正月気分をほんのり残しながら、新年を迎えての一言を発表するのが恒例の行事となっている。恒例行事とは言っても、堅苦しく気合いみなぎったものではない。毎年、多くの人が似たり寄ったりの抱負を伝えるということも恒例となっているような気軽なものだ。この場にいる誰もが、「会社にとって重要な行事だ」なんて位置付けていないだろう。  とはいえ、ほとんどの人がこの行事をちょっぴり楽しみにしているようだ。元々、社内には穏やかな人が多いこともあって、今年もみんなが明るく新年を迎えられたことにほっこりとするという大事な確認作業となっている。  僕だって例年はみんなと同様、穏やかに楽しみながら参加しているものだ。  今年もありふれた抱負が底をつき始めた頃、7年目の先輩が「今年こそ恋人にプロポーズします!」と希望に満ち溢れた抱負を掲げた。  一瞬で明るい空気がわっと膨れ上がる。  やっと緊張が解けた僕も、華々しい新年を迎えられた喜びとともに穏やかな気持ちで満たされた。 ✳︎✳︎✳︎ 「もっと新年らしい発言すればよかったかな?」  新年の挨拶が終わりデスクへと向かいながら、同期の橘に声をかける。 「ん…?新しいこと始めるんだ!って、新年らしいんじゃない?俺の方が『健康第一』って。流石にテキトーすぎたかな」  横並びで歩きながら、橘は爽やかにおどけた。新しい年の始まりはやっぱり、人々に期待のようなワクワクさをもたらしてくれるらしい。 「今年も一年よろしくな!」  僕の不安げな質問を一瞬で吹き飛ばす明るい笑顔とともに、橘は颯爽と自分のデスクへ移っていった。  誰も真剣には見ていない、恐らく今後も誰にも注目されることはないだろう僕の宣言が、僕にだけ「みんなに宣言したんだ」という重圧をかけてくる。  もう宣言をしてしまったんだ。  今年の僕は一味違う。これまでの生活をどうにか打破し、生き生きとした男になるんだ。  仕事に取り掛かる前、やっと落ち着いた気持ち胸に、目を閉じて深呼吸をした。  深呼吸が終わると同時に、最大級のキリッとした目つきをしてみる。  僕による、僕のためだけの高らかな目標を目指すスタートが、ひっそりと始まった。
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