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駅前は、沢山の人で賑わっていた。
通学、仕事、旅行。多種多様の理由で集まった人は群衆となり、波になり、川のように流れ、一つの光景と化している。地方都市の情景は何時まで経って変わらず、状況になれる事が無い私は、改札口近くにポツンとある隅っこのベンチ傍にいた。
理由は、あいにくの雨。ビニール傘を横に立て掛け壁に背を預けている。流れる人混みが途切れる事は無い。
夏の到来の前に吐き捨てるような寒さを残しながら、少しばかり残った冬の残滓に溜息交じりの吐息を欠かさない。
名所としてある枝垂桜の花を散らした雨粒は、季節が変わっても朽ちる事はない。それどころか勢いを増す雨音に更なる溜息を吐きながら、待ち人を待つ。
集合時間十五分前。遅刻を義務とする雛元との待ち合わせでは、これくらいが妥協点だろうと歩き回った。しかし、待ち人の姿は見えない。それは先程からだ。
予定通り無い姿を流れる人の中に確認を続けながら、陰の者として存在を希薄にしていた所だった。
あても意味も無くスマホを弄ろうとしたその時。
「へい!」
突如として肩を叩かれ、その衝撃でスマホを落とす。
ヒビ割れを見せる愛しの相方は、土砂降りの中で作られた水溜りへと見ごとに吸い込まれて行く。
慌てて拾い、状態を確認。……死んではいない…か?
…………さて。
一発くらいは殴ろうかと、瞬間的に覚悟を決めていると、その相手は何時ものように苦笑いを見せ、すまなそうな様子を見せながら言葉を続けた。
「えっと。……大丈夫?」
「お前を殴る」
「ま、まあ。落とすことはよくある事だと思うよ?」
「……で」
「……ごめんなさい」
最初から誤ればいいのに、余計な言葉を付け加える隣人(おおばかもの)の胸を叩いた。きちんと反省しているのか、それに対して咎める事は無くもう一度反省を口にする。本当に反省をしているのだろうが、こいつはすぐに忘れるので、意味が無い事は分かっている。
何せこれは一度だけではない。二度目のそれを理解している癖にそれを行ったのは大罪だ。神様が裁かないのだから、私が怒りを込めるしかないだろう?
「……まあ、いいよ。無事だったし」
「えっと。……まあ、よかった! んじゃ、旅行としゃれこもうか!」
「……空元気だけは一人前だね」
その他を持っている逸材は、それを口にする事無く言を吐く。
そこに嫌みなどが含まれていることを知っていて、尚且つそれが冗談の類だと理解して。……そんな気概を持っているかは分からないが、少なくとも彼は余計な言葉を含めずに。
「それだけが取り柄ですのでね!」
満面の笑みだけを見せ、向日葵のような表情を変えずに。
「……羨ましいよ」
「元気であることが?」
「馬鹿である事が」
「せめて能天気と言ってくれよ。ま、意味合いが変わる訳じゃないけど」
自我共に認める能天気は、先程までのシリアスを吹き飛ばし、実に楽しそうにこちらの手を掴む。それに対して嘆息をつくのは何回目か忘れてしまった。少なくとも数百と繰り返したその情景に、今更意味のある言葉を吐く事は無いだろう。
時間に遅れると、彼は進行方向を指さす。
雨音は相変わらず。肌寒さだって変わらない。
それでも。
取られた片手に従う私は、無粋な言葉を吐かない。
小言を含めた雑談は続き、田舎のローカル線を乗り継いでも話が廃れる事は無い。会話というのは実に単調で、同じことの繰り返しのように思えて。それでも、それが悪い気はしないほどのめり込む。
無人駅。
廃屋と見間違うほどに、廃れた印象がこびり付く駅を降りる。
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