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1.新春の笑顔
昨夜降った雪が『哲学の道』の遊歩道に残っている。
疎水を泳ぐ鴨もどことなく寒そうだと思いながら目を向けていると、
「初詣の人、結構、来てはったなぁ」
隣を歩く一宮颯手が、マフラーを引き上げながら、話しかけてきた。
「近所の奴らばかりなんじゃないか?」
「そうかもしれへんね」
今日は元旦。先程、俺――神谷誉は、従兄弟の颯手と連れ立って大豊神社へ初詣に行き、今はその帰りだ。
「愛莉さんも、一緒に行けたら良かったんやけど」
「地元に帰ってるんだ。仕方ないだろ」
「そうやね……」
颯手の営む『Cafe Path』のアルバイトで、俺の隣人でもある水無月愛莉のことを思い出し、確かに彼女と一緒に初詣に行けたら良かったという気持ちになった。なにせ彼女は、大豊神社の神様と神使たちに愛されている。愛莉が初詣に行けば、神様と神使たちはきっと喜んだだろう。
「3ヶ日が過ぎたら帰ってくると言っていたから、愛莉のお参りはそれからでもいいんじゃないか?」
「そうやね。その時も、3人で行こか」
颯手が気を取り直したように言った。そして、今度は俺に、
「誉は今年も実家に帰らへんかったんやね」
と聞いてくる。
「帰ったら、あれこれうるさいから、面倒くさい」
「仕事はどうだ」とか「恋人はできたか」とか、特に母親があれこれ聞いて来るので、最近は、なるべく実家に帰らないようにしている。
「おばさん、寂しがってはるんちゃう?」
「そんな殊勝な人じゃない」
即座に否定したら、颯手が笑った。
ここ数年は、元旦に朝から一宮家へ行き、雑煮とおせちをいただいてから、初詣に行くのが恒例になっている。
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