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「面白かった?」
部屋に戻るなり、エルナト姫は目線を下に落してふてくされたように聞いてきた。
リタは言葉の意味が理解できず、パチパチとまばたきをする。
「えっと……?」
「だ・か・ら、面白かったのかって聞いてるの! 私が失敗するのを見ていいきみだって思ったんでしょ!」
ものすごい剣幕でそうまくし立てると、目の前までぐいっと迫ってきた。
一方のリタは振り切れんばかりに首を振って、全力で否定する。
「まさか、そんなことありません!」
「嘘よ。お得意の噓。そんなの見え透いてるわ」
(むしろ心配してたのに)
しかし、姫に向って「あなたが失敗しないか心配で見てました」なんて言おうものならら、火に油を注ぐことになるだろう。
メイドという仕事は本当に『秘すれば花』を体現したようなものだ。
だが今の状況は、本当のことを言っているのに、誤解をしたまま決めつけられてしまっていて、これはこれで大変である。
どうしたものかとリタが視線をさまよわせていると、
「パフェ持ってきて」
ポスッと天蓋付きのベッドに腰を下ろした姫から、突然場違いな言葉が飛び出してきた。
「パ、パフェ?」
「そう、パフェ。あと温かいマフラーと誕生石全種類、それからこの国の歴史をまとめた本、指輪……ふかふかのクッションも」
いきなり弾丸のように注文が始まって、焦りながらも、なんとかメイド服のポケットからメモ帳とペンを取り出す。
それにしても、もうだいぶ暖かくなったというのに、マフラーが欲しいというのはどういうわけか。また、これ以上追加のクッションがいるとも思えない。どこに置くつもりなのだろう。
「え、えっと、パフェとマフラーと宝石と……」
上手く聞か取れたか自信がなかったので、飲食店の店員のように確認しようとしたが、エルナト姫は大きな声でそれを遮って、
「あー、あとタッジーマッジーの店のハーブティーも飲みたいの。全て今日中でお願いね」
「きょ、今日中!?」
短すぎる期限にリタは驚愕して目を見開き、危うくメモ帳を取り落としそうになった。
優雅にドレスの裾を手でなでながらこちらを見ていたエルナト姫は、天使のような微笑みでクスッと笑うと、
「そう。できなかったらここから出ていってもらうから。いい? いいわね。はい、約束」
可愛さ百点だが、口調は悪魔のように恐ろしく強引になっていった。
やはり、見た目には騙されてはいけない。
油断して隙きを見せたら最後、食虫植物に触れた虫のように、パクリと一口で食べられてしまうだろう。
有無を言わせぬ姫の圧に、リタは口をぽかーんと開けているしかなかった。
まさに為すすべなし。むしろ何か為そうものなら、それがこの世の見納めとなるだろう。
返事もせずに立ちすくむ様子を見て、エルナト姫は不機嫌そうに眉を跳ね上げると、
「何か?」
「え……あの、ちょっとこれはさすがに」
「無理です」という終わりの言葉は、挙げられた姫の片手によって遮られてしまった。
そして姫はそのままツンとしてベッドに横になると、
「さっさとしなさい。時間は有限よ」
シッシッと払う手の動作付きで、リタの無理難題が問答無用で始まってしまった。
あの商人はよく抵抗できたものだ。
似たような状況に置かれた今だからこそ、心の底から勇者に尊敬の念が湧いた。
ひとつため息をついたリタは、これから葬式に向かうような顔で、スカートの裾をつまみながら膝を曲げる。
「失礼致します」
そして、そのまま姫の部屋を出た。
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