1、わがままな姫様

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(これはどうにかなるものと、ならないものがあるし……)  先程の走り書きのメモの上に視線を上から下まで行ったり来たりさせ、眉を寄せて首をひねった。  エルナト姫はだいぶイライラしていた。  その原因は言わずもがな、朝食での魔術があまり上手く行かなかったことにあるが、それは姫にやらせた陛下の責任であろう。  リタは何も悪くないし、別に見たいと思ってその様子を静観していたわけではない。 (いわゆる……八つ当たり?)  とんだとばっちりだ。こんな調子で無理難題を押し付けられては身が持たない。 (あー、頭痛がしてきた)    片手で額を抑えながらポケットにメモをしまったリタは、険しい顔で厨房に入っていった。  中にはたくさんの食器や調理道具がきれいに並んでいて、朝食の片付けを終えた白いエプロン姿のおじさんが、マグカップにコーヒーを入れて休憩していた。 「シェフ、おはようございます」 「おお、リタちゃん。おはよう」  ペコリとお辞儀をすると、おじさんは柔らかく人当たりの良い笑顔を浮かべる。 「姫様がパフェをご所望です。つくっていただけますか?」 「いいよ、パフェだね。さっき朝食を食べたばかりだし、ティータイムに持っていくかい?」 「あ、はい。そうしていただけると嬉しいです」  どうやらパフェは用意できそうだ。  リタは少しほっとしながら、さっきみたリストを頭の中に思い浮かべて、 「あと……タッジーマッジーのハーブティーってあります?」 「タッジーマッジー……あそこのハーブティーかぁ……」  シェフはそうぼやきつつ戸棚を開いて首をひねった。しばらく腕を伸ばしてガサゴソと奥を探っていたが、やがて眉尻を下げてこちらを見ると、 「すまんね、切らしてるみたいだ。姫様が飲みたがっていらっしゃるのかい?」 「そうなんです」 「うーん、まぁ、宮廷に献上させる形で、明日くらいにはどうにかなるがね」  そう言って困ったようにぽりぼりと頭をかき、再び椅子に座った。  姫の命令とあらば人気店の品を確保することは容易だが、それを運ぶ必要があるのでどうしても時間がとられてしまう。 (瞬間移動の魔法が使えればいいのに)  魔法と一口にいっても様々な種類があり、たいていこの国の国民は一種類の魔法しか持っていない。二つ持っている場合は稀であり、それ以上となると王家の血筋を引くものくらいだろう。だから、この国のどこかには瞬間移動できる人間もいるだろうが、そういう者が輸送の仕事に携わっているとは限らないので、結局ほとんどの場合、人力でゆっくりと街道を通って来るしかないのである。 (そうはいっても、姫に「無理そうなので明日でいいですか」なんて聞けないし)  これは単なる注文ではなく、不可能なことを押しつけ嘲笑われただけである。姫はそれらの品より、リタの苦しむ表情を楽しんでいるのだ。しかし、どうせご所望でないからといって今日中に集めないと、明日には解雇されてしまうだろう。近縁者のいないリタにとって、それは最も避けなければいけないことだった。これが格差社会、理不尽を権力が押し通す国家の現実である。  働き口を失う恐怖から、リタは必死の形相で激しく首を振った。そして椅子に座っているシェフに詰め寄り、 「どうしても今日じゃないとダメなんです!」  気づいたらそう涙ながらに訴えていた。  あまりの迫力に、シェフは驚いて椅子からひっくり返りそうになったが、リタの表情を見て、全てを察したように目を細め、 「つまり……姫様がご立腹なのかな?」 「まあ……そう、です」  この場面を本人に聞かれていたら、余裕で首が飛んでいたと思う。やはり三十年間、宮廷料理人として働いた者は度胸があるようだ。  まだひょっこのリタは、シェフの大胆な発言にギョッとしたが、こわごわと小さくうなづいて肯定した。  するとシェフは両手を膝に打ち付けて立ち上がり、 「わかった。夜になるかもしれないが、俺が可愛いリタちゃんのためにどうにかしよう」 「ほんとですか!?」 「これでも国一番の料理人なんだ。いろんなツテを使えば、できないことはない」  そう言ってニヤリと自慢げに腕組みをした。  幼い頃から宮廷で育ったリタはよくシェフと遊んでもらった。シェフはいつも笑顔で、リタに優しくしてくれる。前にセレニアが「あの人はもう半分くらい、あなたを実の娘だと思ってるからね」と言っていたくらい、傍から見てもとてもかわいがってもらっているようだ。  リタは一生分のプレゼントをもらったかのように大喜びで勢いよく頭を下げ、 「さすが、シェフ! ありがとうございます!」 「おう、なんとか間に合わせるから安心してくれ。リタちゃんも仕事頑張れよ!」  シェフは大きくうなづき、暖かい眼差しで微笑んだ。
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