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これが、及川の言う「ひと揉め」の全貌だった。過去を思い出し壱月は、そんなこともあったな、と頷いた。
「まあ、そうやって壱月の言う通りにしてたから大学も受かったんだろうけど」
「そんなことないよ。楽は元々頭いいよ。やらないだけ」
「いや、そんな感じしないけどな」
及川は言うが、実際大学に入ってからも試験で単位を落としたことはなかった。出席が足りないという理由で落としたものはあったが、それでも留年もせずにここまできているのだからそれなりの実力はあるということだろう。
「遊びが派手だから、そう見えるんだよ」
「それはあるかも。大学入って実家出た今ならもっと派手なんだろうな」
「まあ……そうだね」
その話になると、壱月のトーンはがたりと落ちる。あれだけ派手に恋愛をしていたから、楽に不満はないのだと思っていた。自分の家なんだから、なんて言うほど、我慢しているなんて予想もしていなかった。
それを思い出すとやはり落ち込んでしまう。
「なんか、あった?」
壱月の様子に気付いた及川がそう聞く。壱月は苦く笑いながら頷いた。
「うん、ちょっとね……僕が楽のことをちゃんと理解してなかったせいで、ちょっとトラブっちゃって」
「壱月、ホント宮村に甘いよな」
まだ何があったかなんて話していないのに、及川はそう軽く返した。
「いや、でも多分、発端は僕だから」
「まさか、珍しく壱月が何かしたのか?」
何か、という具体的なことは壱月には見当がつかなかった。由梨乃を部屋に通したことなのか、亮平と学校を後にしたことなのか、もっと遡って無断外泊したことなのか……どれかなんてわからなかった。ただどれも、のような気もしていた。
「色々……ちょっとこのところ僕も自由にしすぎちゃったかもなって……」
「壱月は真面目過ぎるんだよ。宮村なんか少し放っておけよ」
「それが出来たら苦労しないんだけど……一緒に暮してるから」
無視するなんて出来ないし、かといって干渉もできない。どちらにも動けない今が辛かった。
「だったら同居解消すれば?」
「僕も考えたけど……家賃って高いんだね、この辺」
「あー、そうだな。壱月、彼女とかいないのか? その人のところに行くとか」
及川に言われ、壱月は亮平を思い出した。確か今は就活の真っただ中だ。邪魔するわけにはいかない。
「今は無理だよ」
「聞くだけ聞いてみれば? 完全に離れるんじゃなくて、少しだけ離れるって選択もありだと思うよ」
宮村に分からせたらいいよ、と言う及川に壱月は、そうかもね、と頷いた。
離れるか離れないかの二択しかないと思っていた壱月にとって、それは新しく見えた道だった。楽に自分の気持ちを分かってもらう――そんなこと、考えたこともなかった。
そのために距離を取る。また以前のように笑いあえる友達に戻るための時間だと思えば、少しくらい離れてもいいのかもしれない。
「うん……そうしてみようかな」
壱月が答えると、何か決まったら教えろよ、と及川が笑った。
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