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 楽は高校の時から恋愛関係は派手だった。  均整の取れた体にまとう着崩した制服、 金に近い色の長めの前髪が時折隠す目は優しいのに、鋭い一瞬があって、人を惹きつけた。 「カッコイイよね、宮村くん」  恋に落ちたばかりの壱月にとって、どんな楽も輝いて見えていた。  その壱月の言葉を近くで聞いていたのは当時のクラスメイトの及川(おいかわ)だ。楽とは違い及川も目立つような人ではなく、真面目な性格で、気負うこともなく居心地が良くて、壱月は彼と一緒に居ることが多かった。 「見た目はな。けど、あの付き合い方はちょっと引く」  ほわほわと夢見心地の壱月と違って冷めた声で及川が答える。壱月はそんな及川の横顔をきょとんと見つめ、なんで? と聞いた。  カッコよくて明るくて、カッコ悪く転んだ自分なんかに手を差し伸べてくれるくらい優しい楽がそんなふうに言われるなんて壱月には分からなかった。 「いつも周りに人がいて、楽しそうだよ」 「確かに人気はあるけど。知らないのか、壱月。アイツ、男女問わず来るもの拒まず、二股三股当たり前、真剣に告白した子だって遊んだらポイ。だから、陰で女子から『ミヤテ』なんて呼ばれてんじゃないか」 「だから、それ何?」 「『宮村手が早い』の略でミヤテ。誰が付けたか知らないけどいい隠語だよな。簡単に手を出されたくないならやめときなって、話」 「でもそういうのって、合意でしょ?」  何股だろうが、付き合っていてお互いに好きならそれは合意だろう。それで一方的に楽がそんなふうに言われるのはなんだか違う気がした。 「宮村が同じだけ気持ちを返してるとは限らないだろ」  及川に言われ、壱月の心に黒い靄がかかるのがわかった。好きになってはいけない相手だというのは分かる。まして自分は男だ。女に不自由していない楽が壱月を相手にするなど地球が何回転したってありえない。それでもそんな思いをふりきろうと、壱月は慌てて口を開く。 「でも、そんなの噂でしょ」 「あの集団の中の、茶髪の巻き毛の子とショートの子、それから白ニットの子、宮村の今の彼女たち」 「……彼女、たち……」  壱月は驚いて再び楽を見やる。楽しそうに彼女らと話すその姿に、壱月の心臓はぎゅっと絞られるように痛んだ。 「だからさ、王子様に恋するなら同じだけの気持ちを返してもらうことを諦めるか、その恋自体を諦めるか……どっちかってことだろ」  及川がそう言ったところで、教室に予鈴が響いた。それをきっかけに、及川は席を立つ。 「壱月もアレには近づかない方がいいぞ。すぐパシリにされるタイプなんだから」  気をつけろよ、と及川は自分の席に戻っていった。壱月はそれを呆然と見送る。  巻き毛の子もショートの子も白ニットの子も、この学校の可愛いランキングをつけるとしたら上位に入るような美人だ。そんな子たちと付き合ってる楽が、壱月なんて背も低く、地味で面白みもない、しかも男になんか興味を持つはずがない。及川はパシリにされると心配していたが、そんなものですらなれないだろう。その時は、そう思っていた。  けれど転機は突然訪れる。 「澤下、今の現国のノート貸して」  廊下でぶつかって以来、初めて楽が壱月に声を掛けたのは、夏休みが明けてすぐのことだった。すごく驚いたが断る理由もなく、壱月は楽にノートを差し出した。 「サンキュ。俺の周りまともにノート取ってるヤツいなくて、お前ならって聞いたから……てか、澤下、字キレイだな。これ板書だけじゃない?」 「ああ、うん……教科書の大事なところも書き写してる……」  壱月が答えると、いるじゃんすぐ近くに! と楽が嬉しそうに拳を握る。なんのことだか分からずに楽を見上げていると、その顔が急に近づいてきた。  驚きで心臓が跳ね、鼓動が早くなる。  そんな壱月を差し置いて楽は嬉しそうな笑顔で言った。 「澤下、俺にこれからもノート貸して!」  それは本当に予想外な言葉だった。 「いい、けど……どうしたの、急に……」  春からずっと楽のことを見ている壱月だが、その時の印象は楽にとっての授業時間は睡眠時間、だった。進学をしないと公言しているようだったから、卒業さえできればいいと思っているのだろうと思っていた。 「いや、親がさ、急に大学くらい行け、とか言い始めて。フリーターになって家出てくつもりだったのに」  言いながら、楽は壱月の前の席に腰掛けた。こんなに近くで楽を見るのは初めてで、ドキドキする。不機嫌な顔だが、眉間に寄る皺も下がった唇の端も男らしくて壱月には充分魅力的に見えた。 「大学行くなら一人暮らしも考えてやるっていうから、受験しようと思って。まあ、大学でまた四年遊ぶのも悪くないだろ?」  屈託なく笑う楽の顔はときめいてしまうほどカッコよかったが、言っていることはどうしようもなくて、壱月はため息を吐いた。 「大学は遊びに行くところじゃないよ」 「えー? そんなこと言わないでさ」  お願い、嫌です、というやり取りをどのくらい繰り返したか、壱月には思い出せないが、随分粘られて結局、仕方ないな、と壱月が折れた。そもそも好きな人に、お願い、を繰り返されてしまってはどんな牙城を築いても崩れてしまうのは当然だった。  そうして一緒に居る時間が増えて、いつの間にか壱月は楽の『友達』になっていた。
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