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「ねえ、澤下くんだよね? 楽の同居人の」  翌日教室で突然掛けられた言葉は、知らない女の子からのものだった。壱月はモテる方ではないけれど、女の子の友達は割と多い方だ。それでも知らないということは学部が違うのかもしれない。 「そう、だけど。君は?」 「楽のトモダチ。由梨乃(ゆりの)っていうの」  壱月の隣に腰掛けた彼女がスマホを取り出しながら答える。壱月はその行動に驚いて少しだけ身を引いた。 「やだ、何もしないわよ。ちょっと楽と連絡取りたいだけ。澤下くんなら、楽と連絡取れるかと思って」  やっぱりメッセージの返事来てないし、と由梨乃はグロスの乗った唇を尖らせた。 「僕ならって……これから講義だし。楽ならこの時間、バイトだよ。駅前のカフェ」 「知ってるけど、あそこウチの女子学生、出禁かかってんの、知らない? 前にどっかのバカが楽目当てに通って騒いだせいで」  そんなことがあったなんて壱月は知らない。楽からもそういう話は滅多に聞かない。互いにどうしてか恋愛話をしないのが、暗黙のルールになっていた。同い年の男二人がする話には欠かせない話題のような気がするのに、二人の間には存在すらしない。話すのは、日常のこととか音楽や映画の話ばかりだ。壱月にとってはその状況は有難いので、特に異議を唱えることもなかった。  だからそんな話も初耳だ。 「じゃあ、ものは相談なんだけど、遊びに行かせて、澤下くんの家」 「……って、楽の家、でしょ?」  眇めた目で隣を見ると屈託なく笑う由梨乃が、まあそうだけど、と答える。 「楽ってさ、絶対家に帰るじゃん。だから、家に居れば絶対捕まえられるでしょ」 「けど……そうまでして、何の話するの?」 「それは秘密……って言いたいトコなんだけど、楽の指輪、ウチに忘れて行ったから届けてやろうと思って」  由梨乃は言いながら化粧ポーチを取り出してその中から銀の指輪を取り出す。見慣れた指にいつも嵌っている指輪は確かに楽のものだった。そこで壱月は、少しだけ肩を落とした。トモダチってそういうトモダチか、と浅くため息を吐く。指輪を外して忘れていくような仲なんだと思うと正直嫉妬に駆られてしまう。 「だったら、僕から返そうか?」  いかにも合理的、と言わんばかりに壱月が提案すると、鋭い目がこちらを見た。 「ダメよ。直接返したいの。これで楽とまた会う約束ができるじゃない」 「でも、反応ないんでしょ?」 「だから頼んでるんでしょ?」  壱月がため息がちに言うと、由梨乃は冷ややかな笑みを作った。分かれよこの野郎、と顔に書いてある。 「僕は、今日初めてあった女の子を家に連れ込まなきゃならないわけ? その野心のために」 「野心じゃなくて乙女心って言って」  由梨乃の言葉に壱月は更に深いため息を零してから、わかったよ、と頷いた。 「とりあえず、この講義は受けさせて」  教壇からの痛い視線を受けて、由梨乃は教授に微笑んでから教室を出て行った。
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