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鼻息で窓はくもっている。白鼻トナカイのアントンがうらめしそうに家の中を眺めている。木造りのサンタクロースの家では小人たちが宴を開いていた。
「おい。アントン早く行こう。カイはもう行ったぞ」
赤鼻トナカイのルドルフはまだある角で、アントンの横腹を軽くつっついた。腹は脂肪とふさふさの冬毛でふくれあがっている。
「こうしているとね、中にいる小人がときどき恵んでくれるんだよ。昨年はシカセンベイをくれてね、おいしかったんだ……」
「おいっ――」
ルドルフはキレそうになってこらえた。サンタクロースに仕えるときの掟の一つに「怒るな」があるからだ。でも、早く仕事をしなければ、そろそろ雪が降り出して積もってしまう。
彼らは、プレゼント準備をする小人たちのために食料調達とういう仕事をしていた。食材を森で探し、ソリで引いて運ぶのだ。のんびりしていては大地が雪に被われ、食材を探すのが難しくなる。アントンを今動かすにはどうしよう。
悩む赤鼻に雪の華がひらりと舞ってきて溶けて染みこんだ。初雪だ。とうとう降ってきた。
ルドルフは空を見上げた。狭い空だ。飛べば広いけど、今見える場所からは狭い。家はうっそうとした森に囲まれ、マツやシラカバなどのとんがり帽子のような木が埋めつくしていた。家の周りにはマツボックリが散らばっている。木々の間からやっと見える空は、空の広さを知っている飛べるトナカイにとってマツボックリより小さく感じた。
なんでこんな暗い場所に家があるのか――心配だからだ、とサンタクロースはいつぞや答えた。小人や空飛ぶトナカイを見ようと野次馬が集まったり捕まえようとしたりするかもと。
パシュ――!
小人が空気をわって家の前に姿を現した。体と同じくらいの大きさの平たい箱、奈良漬けと書かれた箱を大事そうに抱えている。
この奈良漬けは小人が日本で選んだおみやげだ。世界中から来た小人のおみやげ――きらきらしたガラス細工やワインビンなどがすでに部屋には散らばっている。
出現した小人は空気の冷たさにちょっとぶるりとして、小人用の小さいほうのドアに入っていった。
この小人たちはサンタクロースの手伝い小人という妖精であり、本来人には見えない(サンタクロースは見ることができ、トナカイの言葉もわかる)。日頃は世界中各地で子供たちを見守っていて、プレゼントの希望を耳にしたり、良い子かどうかを見てたりしている。クリスマスの一ヶ月前くらいにサンタクロースの家にやってきて、再会を祝ったのちにプレゼントの報告や準備をするのである。
まだ動かないアントンを横目に、ルドルフはあることを思いついていた。
「今日一番の収穫だったら、俺の角をあげるよ」
それはつまり、ルドルフの角を食べていいということだ。トナカイのオスは冬になるころに角が抜け、それを食べる。
アントンとカイの角はすでについていない。代わりに角帽子が乗っている。ルドルフの角はまだ頭にあったが、それもそろそろ落ちるだろう。
「わーい。やったー!」
アントンはルドルフの提案に、前足を高々と上げ、走りだした。一瞬で木々の間にソリとともに消えていく。先ほどまでぼんやりしていたのがウソのようだ。ルドルフはやれやれと、アントンのあとを追って全速力で草木を踏み分けていった。
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