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2.蘇る記憶
「え、何でよ、この前元気そうだったよ。どうして!」
私はびっくりして思わずそう叫んだ。母も驚きを隠せないようだ。
「そうよねぇ。特に持病があったわけじゃないし。腰が悪かったぐらいで。この前何か変わったことはなかった?」
「変わったこと?」
――柘植の櫛。
私は母に小さな柘植の櫛を見つけたと話した。すると母の表情が変わる。あの時祖母が見せたような顔だ。まるで……過去の亡霊が蘇ったとでも言いたげな顔。
「ねぇ、あの櫛何なの? 婆ちゃん何も教えてくれなかった」
母はしばらく迷っている風だったがやがて口を開いた。
「黙っていても誰かかから聞いて思い出してしまうかもしれないし話しておくわ。あんた覚えてない? お姉ちゃんがいたことを。前妻さんの子よ」
そう言って母は教えてくれた。ある事件のことを。半分は当時私自身が語ったことだという。忘れ去られた記憶。封印された忌まわしい過去。
私には姉がいた。四歳上の姉は当時小学四年生。とても仲のいい姉妹だったのだという。母はこの頃体調を崩し入院している父の看病に専念するため私たち姉妹を実家に預けていた。
祖母の暮らす村にはある言い伝えがあった。山に小さな祠があるのだが、この近くに子供一人で行くと天狗が現れて子供を攫っていくのだという。
「あの祠には決して近寄っちゃなんねぇぞ」
祖母は私たち姉妹に口を酸っぱくしてそう言っていた。だが行くなと言われれば言われる程行きたくなるのが子供というものだ。ある日私と姉はこっそり二人だけで祠へ向かった。
「なぁんだ、やっぱり何もないんじゃん」
姉はそう言って笑う。でも私は怖かった。必死でもう帰ろうと言う私を姉は馬鹿にしたように言う。
「美咲は怖がりねぇ。お姉ちゃん全然怖くないもん」
そして道端に座り込むと懐から櫛を取り出し鼻歌を歌いながら髪を梳かし始めた。私は姉の態度に無性に腹が立った。
「もう止めなよ! 天狗が来ちゃうよ」
そう言って姉の手から櫛を取り上げると姉は大笑いした。
「いるわけないじゃん、そんなん」
私は姉をおいて家に戻った。姉はいつまでたっても戻ってこない。
「おや、お姉ちゃん遅いねぇ。一緒じゃなかったのかい?」
怒られるのが怖くて私は黙っていた。祖母が電話で村の駐在さんに相談している声が聞こえてくる。姉の櫛を持っているのがわかれば何か言われるかもしれないと思い櫛は箪笥の上に放り投げて隠した。翌日になっても帰らない姉。私はおそるおそる祖母に事の顛末を白状した。祖母は真っ青になり村の駐在所に駆け込むと事情を説明する。姉は三日後に発見された。変わり果てた姿となって。それを知った父もショックで病状が急速に悪化して亡くなったいう。
そういえば私たち母子は父の死後引っ越しをしている。父さんが死んじゃったからもうこの家には住めないんだ、と当時は思っていたが恐らく私に対する配慮が多分に含まれていたのだろう。転居に伴い学校も移り母の旧姓へと苗字も変えている。
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