19人が本棚に入れています
本棚に追加
1.大掃除
「美咲ちゃん、もういいわよ。そのぐらいにして下りてらっしゃいな」
階下から祖母の声がする。
「うん、あと少しだけ。箪笥の上拭いたら行くから」
今日は祖母の家で大掃除の手伝いだ。祖父はとうに亡くなっており祖母は山間にあるこの古くて大きな家に一人で住んでいる。母方の祖母であり、街に住む母の兄から家に来ないかと言われているらしいが、都会暮らしはどうにも性に合わないと言って変わらずここに住み続けている。私はと言えば今年で社会人三年目。会社で嫌なことがあるとこの田舎を訪れリフレッシュさせてもらっている。そのお礼も兼ねて今日は大掃除だ。
(ん? 何かある)
手近な椅子に乗り箪笥の上を拭いていると奥の方に何かあるのが見えた。大きな箪笥なのでぎりぎり手が届かない。使っていた箒の柄で手繰り寄せる。
(櫛?)
それは小さな櫛だった。柘植の櫛だ。
「痛っ」
どこか棘でも出ていたのだろうか。櫛を手に取った瞬間鋭い痛みを感じ思わず手を放す。見ると指から血が出ていた。
(何なんだろう……どこかで見たような気がする)
もう一度そっと櫛を手に取る。今度は何も感じなかった。半月形の小さな櫛。ふぅ、と息を吹きかけ埃を払うと持ち手のところに赤い花が見えた。なかなかにかわいらしい櫛だ。
「ねぇ、婆ちゃん、箪笥の上にこんなもんがあったよ」
下に降りて祖母に櫛を見せる。祖母は一瞬ぎょっとした。
「そ、そんなもんあったかいねぇ。敦子の忘れもんかね」
敦子というのは母の名前だ。
「ふぅん。かわいいじゃん。もらっていい?」
「やめとき」
普段の祖母からは想像もできないような鋭い応えに驚く。
「なんで? 何かあるの、この櫛?」
祖母は何も言わない。何か言えない事情でもあるのか。
「ま、いいや。ここ置いとくよ。でも何か見たことあるような気がするんだよね、これ」
ひったくるようにして櫛を取り上げると祖母は部屋を出ていってしまう。その日は何となく気まずいまま祖母の家を後にした。それから数日後、祖母が亡くなったと連絡が入る。
最初のコメントを投稿しよう!