番外編1

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 仕事疲れの眠気もあって少々混乱していると、横から怒ったような声が聞こえてきた。 「おい、いつまでトーコの手、握ってんだ。放せ」 「あら、やましいことがなければ、いいんじゃなかったの?」 「今のセリフ、やましいことありありだろうが! トーコ、帰るぞ」  足早に店の扉に向かうタケルに腕を引かれながら「ユウさん、ごちそうさまでした」と振り返ると、「またね」とにんまり笑うユウさんが小さく手を振ってくれた。  どこに帰るのか――なんて聞くまでもなくバーの上の部屋へと向かったタケルは、ドアのカギを乱暴に開けて中に入るなり、まだドアが完全に締まり切っていないうちにわたしを抱きしめた。 「トーコ、俺と佑二郎が何だって? 妙な想像するのはやめてくれ」  ふたりに体の関係が――。  あんなことをわざわざ確認したのには、ちゃんとした理由がある。  父に見せろと迫って茶封筒をひったくるように奪ったタケルさんに関する調査報告書だ。  そこには、本人よりも本人のことをよく知っているんじゃないかと思うほど詳細に調べ上げた渡辺丈次の経歴や趣味、嗜好が書かれ、当然、女性遍歴も事細かく記されていて、緑川グループの諜報員のすごさと怖さを知った。    初恋は5歳の時、お相手は幼稚園のマミ先生……から始まり、15歳で初の彼女ができてからはずーっと、とっかえひっかえ、半年以上途切れることなく恋人が居続けたことがわかった。  あとは、わたしの運転手をしていた間は本当に彼女が居なかったことと、それ以降3年間特定の女性はいなかったこともわかった。  タケルがモテることは知っている。  だから、わたしと出会う前に色んな女性と浮名を流していたことは、まあいいとする。  むしろきちんとそれを把握しておけば、将来「あなたの旦那さんには隠し子がいて」とか、過去のベッド写真などで脅されても、うろたえることなく毅然と対応できる。  しかし問題は、女性遍歴の項目の最後の一文だった。
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