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出会い①
ある晴れた日の日曜日
前原敬太は青山の裏通りを歩いていた
青山にある単館上映の映画館へ、前からどうしても見に行きたかった映画が有り、それがそこのみで唯一上映しているちょっとマイナーな海外映画を見に来たついでに、その帰りに東急ハンズを覗いてみようという気分になったのだった
渋谷周辺に来るのは結構久しぶりだった
映画も終わり、まだ日差しも高く、加えてあまりにも気分の良くなる様な気候だったので自分としては珍しく少しブラブラする気分になったのだ
この間の少し奇妙な経験をしてからその日以降、自分の周りで特に何も変化は無かった
敬太自身、自分の中で突然その能力が、解放され、超人的な才能が目覚めたのか、それとも元々自分の中に、人には聞くことの出来ない心の中の声が聞こえる能力が備わっていたのに、自分が全く気がつかないままそれまでの日々を過ごしてきていたのか
ずっと考え続け、日々を過ごしながら、そして時々はその頭の中に聞こえてくる声を聞き取ろうと精神集中してみたり、いろいろ試行錯誤してその再現を試してみてみたのだが
その日以降、全くそんな経験は一度として起こってはくれなかった
その為、あの日以来、敬太の心の中は何か常にモヤモヤとしていた
その時自分は、他の誰にも聞く事の出来ない人の心の中の叫びを聞き取ったのだ!
もし、自分のこの能力の精度という物が高まって人々の悲鳴をいち早く察知する事が出来れば、自分が困った人を助ける事が出来る!何か社会の、人の役に立つ事が出来るはず!
敬太の頭の中では、自分が幼い頃に夢中でみていた様なカッコいいテレビのヒーローと重なる己の姿とが重なっていた
なんとかしてこの自分の人と違うこの能力を存分に発揮出来る機会は無いだろうか?
この能力をもっと自分自身、明瞭明確に引き出す手段は無いだろうか?
などと考え思いながらも日々考えてはいたのだが、その能力はその後、一向に再び目覚める事は無く、あの日以来ずっと、前と変わらず同じ何の変化のない日々を過ごしていたのだ
青山の裏手の通りから246号線に続く少し大きな通りに出ようとしていたその時、
『危ないっ!!切れっ!左だっ!!』
という声が頭の中でキィーンとする様な激しい叫び声が響いた
敬太はハッ!として咄嗟に周囲をグルリと見ると
目の前の交差点で
キュキュキュキュ!!
と大きなタイヤを滑らせる音が聞こえ、
白い乗用車が通常考えられない様な極端なカーブを描いて左に曲がってきたかと思うと、
フワリ と一瞬、スローモーションの映像みたいになってその車の片輪が中に浮いたかと思ったら
まるで、昔見た何処かの映画で見て、見覚えのある様な車の大クラッシュの時の様な横転を見せてその白い車が ゴロゴロゴロッ! と転がって、ガッタン! といった感じて元の状態に戻ると、交差点の中央付近で プッシュ〜! とそのボンネット付近から白い煙を吹き上げ出した
あまりにも一瞬の事で、それを見ていた周辺の人達は、ほんの一時シーンと静まり返って、そして間も無く様々な場所から上がる悲鳴、クラクション、現場の対応を求める叫び声が入り混じる騒然とした状況となった
やがて、その横転した白いバンから
やっとの事で這い出してくる来る男
それを周りにいた数人の男性ワッと駆け寄り、お互いに手で支えあって協力し、その男を、白い煙を上げる車から離した所で横に寝かしつけ、その後、皆で声を掛け合いながらして救急師や警察官の到着を待っていた
敬太は余りにも奇妙で突然で、不可解な状況から呆然として何する事も出来ず、一体どの位その場に立ち尽くしていたのか分からなかったが、ようやく先程の奇妙な感覚の原因を探るべく周囲を見渡すと
恐らく、その声が聞こえてきた方角の人混みの中で一人、薄ら笑いを口元に携えながらもスマートフォンでこの事故の様子を撮影している一人の男が見えた
その男は背は低く、アメリカンメジャーのキャップを被っているが、その帽子からはみ出ている長髪の髪の毛はあまり見かけない様な銀髪をしていて、その場所から遠く離れている啓太にもギラギラと光って見えた
その男は終始この様子をその場で撮影している様子だった
その口元は閉じてはいるがその風貌は、啓太には何故かこの事故の事を楽しんでいる様に見えた
やがて消防、救急、警察と駆けつけ、その後に報道車までがやってくる大事故現場の様相になるまでずっと、その男はスマートフォンで撮影を続けていたが、報道陣が現場を撮影し始める頃になると、その男はやっとそれで満足した様にその現場に対してクルリと背を向け、反対方向にゆっくり、ゆっくりと歩いって、やがて、そのごった返す人混みの中に次第に紛れていった
敬太はそれをどうにも不思議な感覚を持ってその人物の動きをずっと目で追っていた
-青山で起こった大規模な車の横転事故が、テレビで報じられたその日の夜-
その昼間、青山の事故現場にいた男は恵比寿にある、店頭の看板の下にに「ナポリピッツァ大会チャンピオンの店」とのぼりの旗めいている、ひっそりとした雰囲気のその裏道に向けて、幾人かがそこで座れる様に出来たウッドデッキのある、ちょっとオシャレで欧風な作りのレストランバーのカウンターに一人座って、少しのツマミとグラスのビールを目の前に置いていた
誰かを待っている様子でもなく、かといってパソコンやタブレット、又は本や新聞を持ち込んでそれに集中したりといった事もしている訳でもなく
ただ何となく
もし、誰か良く良く彼を観察していた者が居たのなら、何が目的で此処を訪れているのだろうと気になるところであろうが
週末の、誰もが思い思いに自分の自由な時間の為にこの店を利用し、楽しんでいる、この一週間の中で一番忙しく、騒がしいこの時間帯であれば誰一人としてその彼の不思議な存在に気付いたり、気にする様な者は居なかった
此処の店員でさえこの賑やかで盛況な時間帯において逆に彼が少しの注文で、その後ずっと大人しくしてくれているおかげで、我々のこの今一番忙しい手を煩わせる事の無いのを幸いとしているくらいだった
店内は、恋人同士がそのお互いの感情を会話で高めあおうとする者達、仲間同士でこの楽しい時間を共有しようとする者達、あるいは職場仲間同士で今週の業務の成果を労い合い、有意義な週末に向けての祝杯をあげにきた様な人達で賑わっていた
特に、カウンターのその彼の後ろのテーブルに座っていたまだ若い感じのサラリーマンらしき団体は酒の程度もかなり進んでいるのか、周囲より声のボリュームも一段と大きく良い感じに盛り上がっていた
「だからよー!絶対アレは俺は間違ってなかったんだってー!アレはやっぱり課長がー」
「おいおい お前飲み過ぎだぞー!」
「ちょっーと 皆んなストップ、ストップ!それ、完全に教育的指導!」
「ギャハハ…」
などという雰囲気で、中には不意に立ち上がったは良いが、よろめいたと同時にその支えようと思った手がテーブルの角にあったジョッキのグラスに当たり
ガッシャーン!
とひっくり返したりする始末だった
「ちょっと皆んな酔いすぎ!
此処は一旦会計な!」
中にいた男の一人がその場を仕切り
この場のお開きを促す
「ちょっとその前に俺トイレ…」
その集団の中でも一際酔いが回っていそうな髪の毛が天然パーマ風の男がよろめきながら奥のトイレに向かって行った
もしこの時、この店内の中に人の動向に凄く敏感な人が居て、この彼の様子を見ていたら、何か不思議な、奇妙な何とも説明の出来ない様な違和感を持って彼を見ただろう
彼とは先程からカウンターにだだ一人で座っているこの、髪を銀髪にしている男の事だ
その男はカウンターに両肘をつき、その手を顔の手前で組んでその手に顎を載せて
何やら小声で一人ぶつぶつと呟いている様子だった
その後ろを先程の酔っ払った男が
「ちょっと飲みすぎちゃったなぁー
えっと…トイレはあそこですねえー」
と彼も何事か一人呟く様にトイレにフラフラと向かって行った
カウンターの男はまだ先ほどの体制のまま何事か先程と同じ様に呟いている
「えっと便座を下ろしてー
ベルトを外してー
財布は落としちゃうからこの上に置いてぇー…」
良く聞けば彼はちょっとその場に居るには相応しくない様な台詞を一人呟いていたのだが、
この週末の慌ただしく賑やかなこの場所で彼のそんな声を聞き取る者など誰一人としている訳が無い
その集団のその他の者達はその間にワイワイとレジまで行き会計を済ませていた
カウンターのその男はそれをチラッとだが眼光鋭く横目で確認すると、ゆっくりと立ち上がり、右足が悪いのか、その足を引きずる様にして、奥のトイレの方へ向かい、そしてそのトイレの扉を開けた
男性トイレは小便器が手前に一つ、そして奥には個室が一つの造りになっていた
男まだブツブツと小声で呟きながら
「なんだか眠くなってきちゃったなー
此処でちょっと寝ましょうかー」
と言いながら
奥の個室のドアを開けた
そこにはズボンを下まで下ろした先程の男が便器の上で下半身剥き出しでだらしなく
やはり小声で呟きながら両手をだらーんと下げながら何か小声でブツブツと呟きながらも目はもう既に微睡んで意識も朦朧とした様子だった
男はスッと手を伸ばし、その水洗タンクの上に置かれている財布に手を伸ばすと、中の札を全部抜き取ってそれをズボンのポケットにねじ込むとその財布を元に場所に戻した
そしてスゥッと静かに個室の扉を閉めると洗面台に向かい、そこで手を洗い、また先程の自分のカウンターに戻って席に着いた
すれ違いざま、先程会計を済ませた集団の一人がトイレの方へ進み、そのトイレの扉を開けて入って行き、間も無く
「おいー 大丈夫かー⁈ しっかりしろよー」
と先程の男を抱えて外へ出て行った
カウンターにいたその男はその者達の一連のやりとりが終わり、そのバタバタした雰囲気が納まるのを自分の席で座って待ちながらやり過ごし
その納まりを確認してからスッと立ち上がり、そして自らの会計を済ませて
外の喧騒のある週末のネオンの街の中へゆっくりゆっくりと消えて行った
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