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出会い③
啓太はその日以来、休みの度にあの「stalk」と名乗る男のマンションまで訪れていた
あの男の事を考えると居ても立っても居られなかった
正直、普段の仕事ですら、彼のした行動が頭の中からいつまでも離れずに、全く手も付かない状態であった
会社では人の話を聞いていない、朝からボーッとしている、挙句には家に帰ってまで親に「あんた大丈夫?なんかおかしくない?」とまで言われる始末だ
だが自分のこの不思議な能力を含めて一体誰に話し、相談すれば良いのか分からなかった
まず自分の、この能力ですら一体どうやって人に説明して信じてもらえる事が出来るのだろうか?
ただ、だからといってあの男を放っておく事は決して出来なかった
彼のこれからやろうとしている事を監視し続けなければ!という気持ちでいた
あれからまだ彼のチャンネルで新しい動画投稿は無かった
そう頻繁には事を起こして、動画を撮ったりはしていないのかもしれない
啓太は、それでもあの男の素性を知ろうと思い、休みの度に、時には、仕事が終わった後にまで暇のある限り彼が住んでいるであろうあの恵比寿のマンションを訪れて、また、あの男が何か新たな行動を起こさないか常に監視していた
今日でここを訪れたのは何回になるのだろう?七回目?八回目?
だが、あの日以来実を言うとあの男に一度として会えてすらいなかった
啓太は不安に駆られていた
もしかしたら彼がこのマンションに住んでいるという事すら自分の勘違いだったのでは無いか?
だとしたら自分はあの男の所在についてもう、それ以上知っている事は無い
仮にここがあの男の住まいで無いとしたら
もうヤツをこれ以上監視する方法も手段も無くなってしまう…
今日も啓太は朝からそのマンションの前で張り込んでいた
近所の人が、朝から同じ場所から何時迄も動こうとしない啓太の事を見たら、明らかにこちら側の方が不審者扱いされる
下手をすれば通報されるレベルだと思う
ただ幸いなのか、たまたまなのか、啓太は通報される事も無く、警察官に職質される事も無く、とりあえずそれまでの日までは過ごせてきた
朝9時前頃から張り込みはじめて、もう既に三時間以上は過ぎている
日曜日の今日もまた暖かい日の日差しの中
啓太の集中力ももうかなり途絶えて来た
今日もまた空振りだろうか…
腹も減った…
やはり一人というのは無理があるだろうか?
そして仮に、例えあの男の姿を此処で捉えて、男の行動を監視して、再びヤツがまたあの恐ろしい行為をしようとしたとして、その時自分に何する事が出来るのか?その時ヤツを自分はどうしようというつもりなのか?
自分自身でも何も決めてもいないし、まだ何も分かっていなかった
ただ最低限、ヤツの素性を知り、ヤツの行動を監視する事だけが今の目的であった
でも…たったそれだけの目的ですら、今日現在まで何の成果も上げていない…
マンションの前の公園からは、この暖かい陽気の中、普段仕事の忙しさから、それ程かまってあげる事が出来ずにいる我が子とのコミュニケーション不足を解消し、此処ぞとばかりパパの威厳を取り戻そうとして頑張っている父親と、その子供の親子達のはしゃいだ笑い声などが聞こえて来ている
ふう…
「腹減った…」
とうとう啓太はその心の中の弱音を声に出して発してしまった
その途端、今まで啓太の正義感からくる一連の行動を引っ張って来た、心の中にあった緊張感、義務感、といった様なものの糸がプツリと切れた音が聞こえた様だった
今日はもうヤツに会えない気がして来た…
いや、この先もヤツに会える気すらしなくなって来た、そう、仮にヤツをこの先見つけて、行動を監視したとしても、自分には何も出来ない、ヤツを止める手段だって無いじゃ無いか!
啓太の頭の中は悔しさと悲しさと、絶望感、脱力感、そして自分の不甲斐なさを呪う無力感までもが入り混じる様な何とも言えない感情がひしめいていた
やがてその足はトボトボとそのマンションと公園の間を通って恵比寿駅の方へ向かって行った
駅に着き、駅前にあったファーストフードのハンバーガーショップで手軽にその腹を満たし、電車に乗ろうと駅に向かう横断歩道を渡ったのだが、啓太は先程ハンバーガーのセットを買った時に、残りの札が千円札二枚程になっていた事を思い出したので、駅前の交差点の周囲をグルリと見渡すと、先程渡った横断歩道の反対側のすぐ側に、自分の口座のある銀行の看板が有る事に気が付いた
啓太は一度渡った横断歩道を再び渡りその銀行のATMコーナーに入ってカードを差し込み、自分の暗証番号を押した
『4386…』
啓太の頭の中に自分のは今押した暗証番号の数字が復唱された
だが、それは決して自分の頭の中の声では無かった
これを、どう説明すれば上手く他の人に納得出来る様に言う事が出来るだろうか?
例えば丁度ある時、同時に二人の人間が喋ろうとして、全く同じ言葉を全く同じ瞬間に発した様な時の感覚に似た感じだった
ハッとして啓太は反射的に後ろに振り向き、いや、本能的と言った方が正しいだろうか、とにかくその声の聞こえた方向に目をやった
啓太が目を向けたその場所、ATMコーナーの曲面ガラスの向こう、外側の入り口近くの自動ドアから近い壁にもたれ掛かっていて、ただただ一見すると誰かを待っている様にも見える一人の男が、その姿は、長身で、帽子を目深に被り、今時珍しい位のミラータイプのサングラスをかけた出立ちで、顔だけを此方の方に向けていた
サングラス越しで実際その目が見えた訳では無かったが、啓太にはハッキリとその男と目があった事を感じ、そして、その男は一瞬、ヤバいっ!という様な顔をして、ビクッ!体を硬直させた後に
クルッと踵を返し、手で帽子を改めて目深になる様に押さえると、スタタタッ!っと足早に去ろうとしていた
啓太は、咄嗟に反応して駆け出し、ATMの自動ドアがヴィーンとゆっくり開くのを足踏みしながら待ち、ドアが開くと同時に、体を捻らせながらすり抜けて、足早に去っていく男の後を追いかけた
長身でスラっとスタイルのよく見えたその男の走り方は、帽子を押さえながら、ガニ股で足をパタパタとさせていて なんとも酷く不恰好な走り方で、加えて、そのスピードまでもがとてつもなく遅かったので、啓太は直ぐ、容易に彼を捕まえる事が出来た
「ちょっと、ちょっと待ってください!!」
「な、何だよ⁈俺何もしていないよな⁈」
「じゃあ、なんで逃げたんですか⁈」
「いや、逃げてなんかいないよ!
俺は…そう!急いでいるんだよ!」
「嘘ですよね⁈あなた…
僕の事観察してましたよね?
そして、僕の暗証番号を覗き見ようとしていた!」
男はギョッとした顔をした
「な、何を言っているんだ!
あそこからタッチパネルなんか見える訳ないだろ!」
男はツバを飛ばしながら反論して見せたが
明らかにその動揺は隠せない顔をしていた
「いや!あなたは見ていました!
僕の頭の中から暗証番号探っていたでしょ?」
「な、何を言い出すんだ君は⁈
そんな事出来る訳無いだろ?」
「いや、出来ます!
あなたひょっとして人の頭の中覗けるんじゃ無いですか?」
啓太は自分でもビックリするくらい確信を込めてそう言った
普通の人にそんな事を言ったら自分は頭おかしいか、かなりな妄想癖のある人物と疑われてしまう様な発言だったが、
啓太の最近の一連の出来事が、啓太やあの男の他にも、そんな人と違う特殊な能力を持った人物がこの世にはまだ存在しているのだという根拠の無い確信があったから言えた発音なのかも知れない
「な、な、な…」
男は目は見開き、粗い息遣いをさせて、口をパクパクさせながら反論をしようとして見せたが
あまりの驚きざまに何も言葉を出せなさそうな様子だった
「どういう事か、説明して下さい」
恵比寿駅前で入ったコーヒーショップの中の丸い小さなテーブルの二人席で啓太は先程捕まえた男と二つのコーヒーカップを挟んで相対していた
「だから…それは誤解だよ!
たまたま君がお金借りていた後輩に似ていたから、ほら、そう、ビックリして思わず逃げちゃったんだって!」
「いや、違います!
あなた僕の暗証番号覗いて見ようとしていた
あなた僕の頭の中に入ってその見た物が見えるんじゃ無いですか?
そして後で僕の財布を取って、その暗証番号でお金を引き出そうとでも考えていたんじゃ無いですか?」
また男はギクリとした顔を見せたが
「そんな事出来る人いる訳無いだろ!」
男は目をオドオドさせながらも語気を強くして反論した
啓太はその男のした事について、咎める事も、追及する事もせず、最近自分の身の周りに起こった出来事をその、今日会ったばかりの男に話し出した、啓太はもしかしたら、ずっと誰かにそうしたかったかも知れない、誰でも良い、僕の話を聞いて欲しい、そういう思いがずっとあったのかも知れない
啓太は先ず、自分には最近、不思議な能力があるのだという事に気がついた事、次に、この間不思議な体験した事、そしてその時に出会った、この男もまた、自分と似た様な能力を持っているであろう、その男が恐ろしい事をしでかしている、それで、自分はその男の素性を知ろうとしている所だということを、その男に語った
その男の名は長谷部圭一と言い、新大久保で探偵業をしていると語った
長谷部は啓太の追及に対して、結局のところそれには明確には答えなかったのだが、
啓太がするその話について最初は、あまり興味の無い様な感じで、ふんふんと聞いていただけだったが、その恐ろしい男のその行動の話をした辺りから少し興味が惹かれた様で
啓太がその男の手口を話し始めた辺りからは
ほうほうという感心を示した様な話の聞き方になっていた
「…で?」
長谷部は話を最後まで聞いた所で口を開いた
「前原君って言ったっけ?
で、俺にそれを話して君は、一体、どうしたいの?
前原君が言う、その男ってのを俺は見た事無いし、今でも、そして例えそれを見たとしたってそんな人には言えない様な能力を持っているって信じられるか分からない
仮に、実際見て自分がそう感じたとしても
それをとても人には言えないし、信じても貰えないだろう
警察にでも言うかい?
まぁ、誰も真面目に取り合ってはくれないだろうなぁ」
「でも僕はハッキリさせたいんです!
その男が其処に住んでいるのか、そして普段何をやっているのか?またそんな恐ろしい事を続けようとしているのか?
知りたいんです!」
啓太は思わず声を荒げたので長谷部は周りを伺いながら眉をしかめた
「いや、だからさ、それが俺に何の関係があるの?
啓太君が知りたいのなら自分で調べれば良いじゃん
こうやって休みの日に、そのマンション張り込んでたら良いじゃん
其処にヤツが住んでいれば、その内出てくし、会えるよ
それで気が済むまで尾行すれば良いじゃん
…そ・れ・と・も・⁈
俺、探偵だから前原君が俺の事を雇ってくれる?
素行調査なら一日、基本十時間勤務で二万円、プラス諸経費だけど、どう?」
長谷部はそこで初めてニヤリと笑った
「無理ですよ
五日も頼んだらもうそこで十万以上って事じゃないですか」
「そうさ、世の中全てカネがかかる物だろ
子供の遊びじゃあ無いんだからよ」
「でも…
長谷部さんは気にならないんですか⁈」
「いや、全然、全く、
仕事ってなら喜んでやるけどねぇ」
「だって!
僕たちみたいに人とは違う能力を持った人間が、
その能力で人を傷付けたりする為に使うなんて…
まぁ長谷部さんの力の使い方も…問題だと思いますけど」
「おいおい!
さっきも言っているけど俺はそんな能力なんて持って無いからな!
だから…たまたま仕事で人を追いかけている癖が抜けなくて、逆に追いかけられたからビックリして逃げちゃっただけだよ!」
「ふーん
そうですかね⁈
…でも、分かりました!
とりあえず、二日か、三日
仕事としてお願いします!」
「おっ!
良いね、男だね!
わかりました
それじゃあ、詳細を伺いましょうか?
ヒッヒッヒッ…」
長谷部は今までで一番の、口角を上げ歯茎まで見せる様な笑顔を見せてニカっと微笑んだ
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