調査報告

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その週の日曜日午前中 新大久保の長谷部探偵事務所の古ぼけた応接テーブルを挟んで長谷部と啓太は相対して座っていた 「それで、どうだったんですか⁈」 啓太はテーブルから身を乗り出しながら長谷部に尋ねた 長谷部はホチキスで留めた何枚かのB5サイズの書類をテーブルの上に置いた その1ページ目には『調査報告書』とタイトルがあった 「奴はやはり、あそこに住んでいる様だ 名前は…『須磨崎益雄』36歳…仕事はどうもしていない様だ 足が悪いので障害者手当は受けている様だね ただ、その手当だけではあのマンションには到底住めない 君が言った様にあの動画サイトで結構な収入を稼いでいるのかも知れない …とは言っても奴のアップしている頻度は二〜三か月に一度ほど、まぁそれでもある程度の収益にはなると思うけど、それでもそれだけだと生活するのにいっぱいいっぱいじゃないかと思う 他に収入を得る手段があるのかも知れなけど、それはもっと調べてみないと分からない …というのが現状かな」 「で、奴の能力の方はどうだったんですか? 何か分かったんですか?」 啓太は語気が荒くなりつつ尋ねた 「それは…俺だって分からないよ! 実際、奴が能力を持っているってのも君から聞いただけで、今だって半信半疑なんだぜ⁈ 奴がそんな不思議な…超能力みたいな物持っているかなんて、決定的な証拠なんてどう掴んで良いのか分からないよ!」 長谷部も半ば投げやりな感じで同じ様に語気を荒げてきた 「…ただ」 「…ただ⁈」 「その報告書にも書いてあるけど、 四月二日の渋谷での行動は、確かに奇妙だった 奴が近くのホームレスが突然、おかしな振る舞いをしたかと思ったら、道路に飛び出して轢かれた それを奴はその直ぐ近くから動画で撮影していた、それも何か起こる事があたかも分かっていたかの様に、最初から」 「ほら、やっぱりそうなんですよ! 奴は人の行動を、操れる…多分、人の脳内というか、意識の中に入り込んでその人の行動を操れるんですよ!!」 「いや、でも そんなの分からないじゃ無いか! 確かに今回奴はそんな事件の直ぐ近くにいた そしてそれを録画していた ただ、それだけで、偶然かも知れない たまたまその事件の近くにいただけだ 奴が引き起こしたって証拠は何も無い 俺だって、奴が何をしたのか今でも何も分かって無いんだぜ⁈ そんな事を他の誰が分かってくれる?」 「…でも 僕は実際見たんです! あの青山の事故だって、奴が絶対人を操って、あの交差点の事故を引き起こして、それを 奴が今回と同じように動画を撮影していた!」 「だから… それをどうやって証明する? 全ては偶然、たまたまそこに居合わせただけだと言われたら、一体誰が反論出来る?」 「それは…でも…」 「〜ほ〜ら、そうだろ? 誰も証明出来る奴なんていない 証拠すら無い、まして警察に何て言う? 奴は超能力者なんです! 超能力で人を操っているんです! …てか? 誰が信じてくれる? 此方の方が頭おかしいと思われて、それで、お終い。さ」 「…」 啓太は、何も言い返せなかった 「…ま、確かに不思議な事件だったけどさ、 奴の素性は調べたし、まだ前原さんの方が調べたいと言うのなら、後はご自分でどうぞ、 自分は追加料金もらえるならこの先も素行でも、更なる素性でも調べても良いですよ とりあえず… ここまでの精算お願いします」 長谷部は口元の片側だけ吊り上げた営業スマイルを見せた 啓太は釈然どうしない表情で請求書に書いてある料金を支払った 「毎度ありい 領収書はどうしますか?」 長谷部は手提げの金庫から釣りを出しながら啓太に尋ねた 「いや、大丈夫です」 「…でもさ、前原君もその不思議な能力持っているんだろう? …で、実際どうなの? 今までで何か役に立った事ってあるの?」 「いや、自分でもその能力にハッキリ気が付いたのはここ何ヶ月かの事で…昔から持っていたのかも知れないけど、実際役に立ったと思える事はまだ…」 「ヘェ〜! そんな物なんだ⁈ 超能力って言ったら、なんかすごい事出来そうな物だけどねぇ、テレビ出たりしてさ、 なんか、こう…マジシャンみたいのとか、公開捜査とかさ、人の心理を覗きます!みたいなさ」 啓太もこの自分の能力に気が付いた時から実際は、直ぐに何かの役に立てないか考えた ただこの長谷部が言う様な、派手にテレビに出ると言う様な活躍では無くて人の役に立てる事は出来ないかという考えであったが 実際にその心の声全てが啓太に聞こえる訳では無い様で、普段は何も聞こえない、人が心の中で強く叫んだり、誰かが人に強く念じた様な声のみが聞こえたりする様だった 正直、この何ヶ月かであの二つの出来事以外で、人の心の声が聞こえたという事は全く無かった 「じゃあ 今回の調査はここまで という事で良いかな? ま、これも何かの縁だし、また何かあったら俺に連絡でもしてよ 一応、これ、俺の名刺ね」 と、言いながら長谷部は 『長谷部探偵事務所 所長 長谷部圭一』 と書かれている固定電話と携帯番号が書かれている名刺を啓太に差し出した 啓太は釈然どうしない思いで長谷部の事務所の階段を降りて、表通りへ続く出口の扉を開けた 『須磨崎益雄』 今、自分がこうしている間も奴は何か違う良からぬ事を起こそうとしているかも知れない 渋谷で道路に飛び出したホームレスもタクシーに跳ねられたと聞くが、幸い、命には別条は無く、今は、都内の病院に入院していると聞いた あの青山の事件の時も幸いにして怪我人はいた物の、重傷者、死亡者は居なかった、事故を起こした本人も奇跡的に軽症で済んだと後の報道で知った 奴が動画配信している「shocking hunter channel 」内の動画でも被撮影者が死亡したという様な動画はまだ無かった ただ、それは今まで死傷者が居なかった事が幸いで、奴が次何か事件を起こしたら、その時は誰か死者が出るかも知れない 実際、奴の動画の過激さは徐々に高まっている様に啓太は感じていた そう思うと啓太はいても経ってもいられなくて JR山手線に乗ったその足で恵比寿駅で降り、またあのマンションへ再び向かった 今日は何としても奴の姿をこの目で確認し、奴の素行を確かめてやる! そんな思いだった 奴のマンションの前にある公園のベンチに座り啓太は長谷部からもらった調査報告書を読んだ [須磨崎益雄 36歳 独身 現住所 目黒区中目黒西○-○○-○○○ 職業不詳 出身地 千葉県館山市○○-○ 父 須磨崎正臣 現在死亡 母 須磨崎晶子 現在死亡 兄弟姉妹 無し 経歴 館山市立 ○○小学校卒業    館山市立 ○○中学校卒業    都立 ○○高校卒業 職歴 無し (不明) 現在の住居には平成28年に墨田区吾妻橋○-○○-○より移転 交友関係 不明 動画サイト 『UP Video』内で投稿者名「stalk」として活動、チャンネル目は「shocking hunter channel 」] ここまでの報告書で更に彼を良く知る事はあまり無かったが、まぁ一週間程で調べられる事はこんなところか… でも一通りの事はちゃんと調べてくれたんだな と啓太は思った そして二日間の行動記録がその次のページには写真付きで載せられていた 記録によれば 初日の渋谷での事件の後彼は部屋に戻り、その二日目にはコンビニで買い物をした他に何処か移動した形跡は無かった 動画へのアップはその二日目に行われていた 渋谷の事件の動画もアップと同時にかなりな視聴回数になっていた そのコメント欄は日本語のみならず、海外からのコメントもかなり多数あり、世の中はこういった動画の需要があるんだなぁと啓太は思った 確かに啓太自身もこれが意図的に、悪意が無く本当に偶然撮れた映像だとしたら、啓太も偶然撮れた衝撃映像として驚きと興味を持って閲覧していたかも知れない 啓太は何か腹の底から込み上げる得体の知れない気持ち悪さを感じながらそんな事を考えた だが、それは偶然、たまたまそういった事故現場に居合わせた事によって撮られた映像では無い 奴が意図的に人を操作し、事故に巻き込み、起こさせた悪意に満ちた映像なのだ それを知っている人間は僕しか居ない そして奴の悪意をこの先止める事の出来る人間も恐らく僕しか居なのだ! 今日は夜まで奴の行動を監視してやる! そんな思いで啓太の鼻息は荒くなった
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