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1923(大正12年)年 4月下旬。
リースの元へ環から手紙が届いた。
そこには感謝の言葉と、また会いたいという気持ちが書き綴られていた。
桜は散ってしまったが、新緑の緑が眩しい桜の木の下で、黒色のスーツに手袋、黒の帽子にサングラスとは一見、自宅にいる者が着るような部屋着には見えない格好だが、太陽の光に弱いリースにとっては自然な格好である。
感謝の手紙を受け取ったリースは、ふと、家の中から人の気配を感じたので、昔のような鋭い視線を向けながら家の中へと戻ってみる。
「相変わらず、変化の無い家の中ね・・・。何だか、離れていたのが2か月も経っていないのに、懐かしいわ・・・」
その声の主は環だった。
「環・・・?体は?大丈夫なのか・・・」
「逃げだして来ちゃった・・・。もう、田舎には戻れないわ・・・」
「逃げだして来ちゃって・・・」
「だから、私を一生、ここで見ていて欲しいな・・・。リースと二人で静かに暮らして生きたいから・・・」
「それは構わないが・・・。ご両親には連絡は?」
「あとで、手紙でも書いて送っておく。勝手な娘だけど、許してくれるでしょうから・・・」
3月末に教師になりたいという言葉を残して、この家を出ていった環が、また、この家に戻ってきた。
「ここに・・・、一緒に住むのかい?」
リースの驚く顔を見つめながら、環は「私の命はいつまで持つかわからない。なら、好きな人と一緒にいる時間に、人生を捧げたいから・・・」とリースの体に抱きつきながら環は呟いた。
そんなこんなでリースは再び、環との二人だけの短い生活が始まった。
病と闘病中には変わり無い環の部屋は、二階の桜が一番近くに見える部屋にした。
その部屋は南向きで、日中は太陽の光が眩しいくらいに差し込んでくる。夏は暑いだろうが、今の春の時期や冬は、他の部屋よりは暖かく過ごせる部屋だ。
ベッドは力持ちのリースが自分が使っていたベッドを持ってくると、環は「二人で一つのベッドに寝たい」とわがままを言うので、新しくダブルベッドを購入した。
もともと、あまり使っていなかった部屋だから掃除も早く片付いた。
箒で埃や先日、舞い散った桜の花びらが部屋に残っていたので、二人で1枚1枚丁寧に拾いながら部屋を綺麗にした。
部屋には真新しい絨毯を敷き、環専用の洋服ダンスを置いた。大きさはリースほどの高さがあるタンスだった。
「こんな大きなタンスに、何を入れるの?」
環が笑いながらリースに聞くと、リースは、「これから、少しずつ増やしていけば良いさ」と言った。
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