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リースは昼間は止まらず森の闇を利用して、狼の姿で走り続けた。やがて、夜を向かえると、今度は本来の姿へと変身した。
黒いスーツは黒羽に変化し、青い特徴的な瞳は金色の不気味な輝きに変わった。
コウモリのような大きな黒い羽を大きく羽ばたかせて闇夜に舞い上がると、微かにオレンジ色に染まる光が見えた。
『環!無事でいてくれ!』
その強い思いを胸に抱きながら、闇夜を進んだ。
深夜。
オレンジ色の炎が、横浜の街を焼いていた。
上空から酷い惨状を目の当たりにするリース。
環と二人、幸せな落ち着いた生活をこの地で送ろうとしていた矢先の状況に、自分を呪った。
山手の自宅を探した。所々、火災が鎮火したのか、くすぶり続ける臭いが辺りを包む。
リースの家が煙の間から微かに見えた。ゆっくりと、人に見られないようにしながら、空から降りてくると、庭に降り立った。
家は倒れてもいなければ、火災も起きていない。ただ、普段なら明かりが灯っているはずの部屋には、灯りが灯っていない。
「環!」
庭から部屋に入ったリースの目に飛び込んできたのは、あらゆる家具類が部屋の中に散乱し、足の踏み場も無い状況だった。
「環!環!」
真っ暗な部屋で彼女の名前を呼んでも、返事は無かった。と、二階から微かに床を叩く音が聞こえた。
リースは床に散らばっているガラスの破片等気にせずに二階へと走った。
息を切らし、二階に上がると、床を叩く音は寝室から聞こえて来ていた。
「環・・・?」
ゆっくりと寝室の扉を開く。真っ暗な部屋は、ベッドが動き、環に買ったタンスが倒れている。
「環?」
一歩、リースが部屋の中に入ると、掠れた声で「お帰りなさい・・・、リース」と聞こえてきた。
その声の聞こえた場所はすぐにわかった。
リースはありったけの力でタンスを退かす。その下には、仰向けで倒れている環がいた。
「環!大丈夫か?」
「痛いっ・・・」
その声を聞いて、リースは一瞬、手を止めて暗闇の中、環の状態を確かめた。
環は両足をタンスによって潰され、大量の出血をしていた。
「環・・・、両足が・・・」
「うん・・・、わかってる。これじゃあ、私は助からないね。いくら、リースの血でもさ・・・」
「環・・・?」
「わかっていたの。私の病気はリースの血で回復してきていたことを・・・。そして、リースは、血を吸う吸血鬼であることも・・・」
「・・・?!」
リースは驚いたのと同時に、何故、環がその事を知ったのか疑問に思った。しかし、今はそんなことより環の足の治療を優先にしたかった。
「リース。もう、無理よ。自分でもわかるの。これは助からないって。もう、頭の中も真っ白に消えていく。何も・・・かも。でも・・・、リースと一緒にいれて・・・、幸せだったよ・・・」
環はそう言葉を残して静かに瞳を閉じた。
「うぉぉぉぉ、環!」
リースは人間とは思えない叫び声を挙げた。最愛の人を亡くした。
その悲しみは今までに味わったことの無い、自らの心から激しい痛みを感じさせる悲しみだった。
目から熱いものが流れ落ちる。それを両手で触れる。自分の体からこんなものが流れるとは思っていなかったもの。それは、涙だった。
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