あとは任せた

2/5
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 ネトゲを長く遊んでいればわかるよ  この世界は誰かが得をすれば誰かが損をする  そういう構造で成り立っている 「俺はね。この言葉を読んだとき、目に見えるものすべてに対して少し絶望感を覚えましたよ」  そして須藤のなかで新たな疑問が湧き上がった。  須藤はかすかに震える指先でキーボードのキーを打った。  俺は誰かに損をさせていないだろうか?  数秒後、別のプレイヤーの打ち込んだ言葉が、須藤のゲームの画面にぱっと表示された。  さあどうだろうねw  わたしはそうは思ってないけどね  答えはそれ以上画面に映し出されなかったそうだ。  須藤は叫んだ。 「なんだかモヤモヤするぅ! って、そのプレイヤーは俺に損をさせたわけだがね」  僕は、ここでついに両耳をふさいだ。 (ほわっ!? わたしって、それ、俺じゃん!?)  バレたら須藤にボコボコにされる。  しかし、まあご近所オンラインとはまさにこのことである。ネットワークの世界も案外狭かった。  でも、それ以来、僕だって、誰にも損をさせてはいないけど、誰にも得をさせてもいないのでは?――僕って存在してる意味ないじゃん? と心にモヤモヤしたものを抱えてしまっていた。 「まあ、いつかあのギスギスなネトゲは終わるだろう。それはまた別の問題ではあるのだがね!」 「す、須藤? 先生はお前に演説を求めていないぞ?」 「これは失礼。先生よ。俺らの目に見えるこの世界は、ゲームの世界なんかじゃあねえんだ。誰かが得をすれば誰かが損をするで成り立っているわけじゃあねえんだって俺は思うのよ」  須藤はそう言って教壇に立った。  入れ替わる形で教師の林田が須藤の席に座り、林田は拝むように言った。 「詳しく」 「うむ」  教師と生徒の立場が入れ替わり、倫理の授業が奇妙な授業に変わってしまった。  須藤は下履きの足裏を黒板消しに当て、下履きの足裏をドンと黒板に押し当てた。  そして黒板には白い足あとがのこった。  須藤はそこを指さしながら言った。 「この世はな、足あとから成り立っているんだ」  まるで意味がわからない、ザワッと教室内が騒然となる。  須藤は黒板に付けた下履きの足あとを消した。 「のこされては消されていくこともある。儚いよね」  わかるように言え、ザワッ。  須藤は教室の天井を見上げながら言った。 「足あと。それは生きた証。溢れる情熱のパトスを刻むもの」  新紀行ジェントルマンというアニメの主題歌を一部引用した。  元ネタがわかる俺とクラスメートの一部が椅子からズッコケ落ちそうになった。  クラスメート女子の一ノ瀬亜弥美が席から立ち上がり、須藤に私の顔を見ろと言った。彼女の席は僕の席から右に1つ斜め後ろだったから、僕にも彼女の顔は(お世辞を言う必要もないほどの美人だった)はっきり見ることができた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!