あとは任せた

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「壊れた洗濯機を見て、こいつは俺とともに歩んできたって思ったらなあ、こいつの足あとは洗濯機に付いた汚れの1つ1つだ。あちこち汚れてたけど、こんなになるまで頑張ってくれて、なんか俺って得した気分になっちまったよ。なあ、それで? 洗濯機が壊れて、誰か損をしたのか?」  誰の反論もなかった。 「そして新しい洗濯機がやって来る。古い洗濯機が声を出せたら、こう言うに違いない。あとは任せた――と。そして、その新しい洗濯機もまた足あとを残して、いつかは消えていくわけ。でも、何も失うものはない。だから俺の家では洗濯機はずっと動いていく。これって世の中の成り立ちとか構造と同じなんじゃねえの? ただ損をしただけなら、消滅するだけよ。だからよ、誰かが得をしたら誰かが損をすることがこの世の真理なんてものだとしたら、この世なんてとうの昔に滅んでいるはずだ。みんなどこかで損したら消えちまって、最後の一人になったやつは、一番損をしたって叫んで消えちまうんだよ」  すごい早口だった。当然、彼の言っていることなんて大部分が意味不明だったけど……けれど、でも、あれ? なんだろう? 教壇に立つ須藤の姿が輝いて見えた。  教室の照明のせいか?  いや、彼の姿が輝いて見えるのは、僕の涙がそう見えるように演出していたのだった。  須藤の言っていることは、ただ1つだけ意味がわかった。  みんな須藤の「物を大事にする気持ち」に感動していた。 「ここまでは俺がやる。ここから先はお前に任せた。いいんだぜ? 俺の足あとを消したってさ? 俺は壊れた洗濯機と新しい洗濯機からそう学んで、この宇宙の真理を得た。そんな生き方がお互いにできるって、素敵だろうってことを!」  須藤は両手を広げ、天井を見上げていた。  なんという神々しさだ。  この1場面には全米が泣くだろう。  テーマ曲があれば全米のヒットチャートぶっちぎりの1位間違いなしだろう。 「ヒーロー! 君はヒーロー!」 「ハラショー!」 「土台が違う~!」 「先生? 大丈夫ですか?」  愛弥美は唖然呆然とする林田の肩を揺らした。 「彼の話は……謎の勢いはあるが、さっぱり意味がわからん」 「語る自分にしかわからない。真理って、そんなものです」 「確かに、君の言う通りだろう。それと、私にはよくわからないが、彼の話は人を感動させている。これも間違いない。いつか私にも、彼の言う真理を理解することができて、感動するかもしれないなあ。今は理解できずとも、いつか理解してくれればいい、あとは任せたと言われたのだ。うん。そのときまで、彼の言う真理とは、足あととして、私の心にのこるのだ。そうか。そうだな。足あととはそうでなければならない……」  林田は,やおら椅子から立ちあがると,そのまま無言で教室を出て行った。  授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
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