あとは任せた

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 いやあ。今日の倫理の授業で須藤の語った真理の意味は「お前は何を言っているんだ?」状態で、僕にはさっぱりわからなかったけど、あいつには言葉で人を騙せ……感動させる才能があるとはわかった。  次のオンラインゲームのレイドバトルでは、俺も失敗したら、須藤の操作するキャラクターにこう言ってやろう。 「あとは任せた」  よーし、ギスギスもこれで消えるな。……たぶん。 「……たなら……くれ」  下駄箱の隅の方から倫理担当教師の林田の声がかすかに聞こえた。 「でも……それって……ですか?」  なんだ? なんだ? 「不愉快とか不快なことではない。セクハラでもない。私は教師として、これはのこしておきたいことなんだ。さあ、頼む……」  林田と(たぶん)女子生徒のひそひそ話に、なんだろうと思って、僕はそっと下駄箱の影から聞き耳を立てた。  女子生徒の、 「いきますっ!」  の掛け声。そして、 「はうっ!」  林田がうめき声を上げた。  まさか校内暴力!?  僕は下駄箱の影から顔だけ出して、そっとそちらを覗き込んだ。  なんと、林田が女子生徒に踏まれていた。 「どうだね? 私の背中にうまく足あとがついたかね?」 「はい。ばっちりです」 「そうか。君という優秀な生徒の足あとを、私の背広の背中にのこしておけることは……こんな気持いい……教師としてだぞ、光栄なことはない。先生を踏み越えて立派な大人になるんだぞ! って、くうっ、いいセリフじゃないか」 「先生。他にも足あとは付いているようですけど?」 「ああ。そこは保健の宮野先生の足あとで、そっちは現生徒会長の内田くんの足あとだな。次は誰に踏んでもらおうかなあ」  すでに大人になってる人にも踏まれてんじゃん……。  僕はそっと下駄箱から立ち去った。  でも、まあ、世の中にはいろんな人がいて、足あとをのこしているんだな。  そうなんだよなあ。  足あとがのこるほど、正しく、自分らしくという意味で、地に足のついた生き方。  素敵じゃん? 「さあ、次は君も踏んでくれ。はうっ! 気持ち……いや、君のように優れた生徒に踏まれて教師として光栄だ。開運成就! 先生を踏み越えていきたまえよーっ!」 「はいっ! よろしく、開運成就!」  これは、別に、生き方なんてものじゃあなくて、性癖ってやつだよね。 <終わり>
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