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あいつは、来た。
本当に来てくれたのか。もう、来世分の運気まで使った俺は、不幸の連続が待ち受けているのだろう。
相変わらず、冷たい態度をとるやつだった。
俺が軽く告白をかましたというのに、一蹴するとは。
逆にこいつの何が変わったというのか。
昔の動きやすいパンツスタイルから、フェミニンな格好に変わったぐらいか。いや、駅では必死で気づかなかったが、メイクも手慣れてきたようだ。
成る程、お前はいくらでも綺麗になれるんだな。そういう変化なら、いくらでも許せる。俺への気持ちが変わっていないならな。
「会うのは、最後になる。だから言いたかった事を言っておきたい。返事はいらねぇから。
昔から愛していた。今もまだ愛している。」
未練があるのかだと?
よく言えたモンだ。それは自分じゃないか。その上、女に背を向けてるんだ。答えを聞くよりも逃げたくなるとは、随分と臆病になったよな。
思い切り、足のふくらはぎを蹴り飛ばされた。
「い゛だ!?」
流石に痛い。つうか、何故蹴られなければならないんだ、くそ。
文句を言ってやりたかったが、胸ぐらを掴まれ、紗知と視線が交わる。久しぶりに見た、切れ味の良いナイフのような、鋭い輝きを宿した瞳だ。
「そんなの、とっくにわかってた。」
そのまま口を塞がれた。
待て、何だこれは。紗知が、あの紗知が、俺にキスだと?
頭が混乱しているというのに、紗知は口を離してから俺に怒鳴りだした。
「お前は、本当に、勝手な馬鹿野郎だ。この弱虫!アホンダラ!!私が好きでもない奴と一つ屋根の下で生活する尻軽だと思ってやがったのか!?ふざけないでよ!!!お前が好きだから、私から近づいたんだぞ!私の方がお前を愛していたんだ!!」
こいつは一体どういう事だ。
何で泣くんだ。怒りながら泣くなんて、器用な奴。いやそれより、何て言った?
俺を愛しているのか?あれから年月が過ぎた。もっとまともで、お前に優しくて、お前を愛してやれる男の一人や二人、出来たはずだろうに。
お前はまだ、俺への気持ちを消さずにいたのか。
そのまま強く抱き締めた。
「お前に罵られんのも、久しぶりだな。可愛く着飾っても、お前は変わらねぇな。口が汚くて、泣き虫だ。」
オレンジ色の光が降り注ぐ。
紗知の笑顔同様に、温かくて優しい光だ。
ああ、やっと夜が明けた気がした。
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