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すれ違い様にふわりとミントの香りが鼻をついた。
振り向けば、腰まで伸ばした金髪が歩いていた。
ブーツを履いているからか、かなり背も高いように見えた。
「今の人、スタイリッシュでかっこよかったね!
モデルか何かかな?」
一瞬見ただけでは、性別は分からなかった。
隣にいる夏美は不思議そうに後ろを見た。
「……かっこいい、のかな? よく分からないや」
「え、ダメかな。あの感じ」
「ダメっていうか……とりあえず、あんな髪長い人もいないよね。
昔のキスカみたい」
彼女は幼い頃を思い出して笑う。
昔の私といえば、長い金髪をリボンで二つに結び、子犬みたいに人の後をついて歩いていた。人懐っこいといえば聞こえはいいかもしれないが、遠回しにウザいと言われていたような気もする。
そのたびに適当に言い返していたけど、あまりいい気分ではなかった。
福袋の購入が終わった後、二人でショッピングモールを適当に歩いていた。
同じ店の袋を持った人や袋をいくつも抱えて歩いている人もいる。
年が明けて一日が始まったというのに、たくさんの人が訪れていた。
「昔はすごかったよね、いろいろと」
「え、そうだったっけ?」
「良くも悪くも目立ってた」
「そうだったかなー……」
頭に手をやった瞬間、目の前が真っ暗になった。
停電と騒ぐ前に、すぐに復旧した。
「あれ?」
目の前から商品が店ごと消え、歩いていた人々もいなくなった。
中央にあるエスカレーターが虚しく回っていた。
ただっ広い空間が広がっている。隣にいた夏美もいない。
すぐにスマホで電話をかける。
しかし、無機質な電子音が耳元で響き渡る。
「うそ、どうなってんの……」
本当にどうなっているのだろう。
周囲を見ても何もない空間が広がっている。
どうすればいいのだろう。
ここから移動しても大丈夫なものなのだろうか。
携帯を握りしめ、心臓の音が早くなるのを感じる。
「あの、すみません」
肩をはねらせて、慌てて振り返った。
金髪以外、何もかもが黒い男がいた。
フレームのない眼鏡につばのついたニット帽、正面から見るとカッコいいのがよく分かる。一度見たら、絶対に忘れられない。
「さっきすれ違った人! よかった、他に人がいた」
「すれ違った……?」
「あ、こっちの話です! 気にしないでください!」
両手をぶんぶんと振る。
初対面の人に何を言っているんだ。
金色の瞳が困ったようにこちらを見ている。
「そうだ、友達見ませんでしたか?
私と同じくらいの年齢の子なんですけど」
「私も人を探しているんだ。
スカジャンを着た男なんだけど」
彼は肩をすくめた。
ていうか、男の人だったんだ。
手足も長いし、全然分からなかった。
「よかったら、一緒に探しませんか?
二人で探せば早く見つかると思いますし」
このままひとりでいるのは、正直怖い。
雨が降っているからか、天井から軽い音がずっと響いている。
そういえば、雨なんて降っていたっけ。
物音がしなくなったからか、外の音がよく聞こえるようになった。
「タチバナ先生! よかった、ご無事だったんですね!」
裾を抑えながら、同世代くらいの女の人がエスカレーターを駆け上がってきた。首から十字架を下げている。何かの宗教団体の人だろうか。
彼は目を丸くして、顔をそらした。
「まあ、どうにか。ね」
「とりあえず、他のみんなも無事です。
ああ、本当によかった……ずっと心配してたんですよ」
一安心したからか、涙を浮かべている。
演技には見えない。どういうことなのだろう。
「それで、そちらのかたは?」
「ここで一緒に避難していたんです」
「そうだったんですね。お互い大変でしたね」
「え、まあ、そうですね……」
何かのドッキリというわけでもなさそうだ。
タチバナさんも困り果てた表情を浮かべている。
「早くここから出ましょう。
ここもあまり長くは持たないかもしれません」
「それがいいですね。よかったら、貴方も一緒に来ませんか?
ここよりはマシだと思いますから」
私の目を見て、何度もうなずいた。
適当に話を合わせてくれということか。
「はい、分かりました……?」
彼女の言われるままに、エスカレーターを下って行った。
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