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エスカレーターで一階まで下り、非常口へ向かう。 どの階も店が立ち退き、すべてがなくなっていた。 建物自体が変わってしまったように思えた。 もしかして、停電の間に何かされたのだろうか。 誰かにさらわれてしまったのだろうか。 変な想像が頭の中に浮かんでは消える。 しかし、私の前を歩く女の人が悪い人には見えない。 あの涙も嘘じゃないんだろうし、センセイを探していたのも本当のことなのだろう。 あんな嬉しそうに笑いながら、タチバナさんと話しているのだ。 彼女の言っていることは全部本当のことだ。 彼は振り返るたびに、こちらに助けを求めるような視線を投げてくる。 ごめんなさい、私じゃ無理です。 そのたびに両手を合わせて、頭を小さく下げる。 非常口の扉を開けた瞬間、子どもたちの叫び声が上がった。 幼稚園児から小学生までの子どもたちが10人程度、狭苦しい通路に集まっていた。 「せんせー! 帰ってきたんだな!」 「ちょー怖かった!」 タチバナさんの足元に引っ付く。 わんわん泣きながら、ズボンの裾をひっぱる。 「とりあえず、君たちも元気そうでよかったよ……」 群がる彼らの頭を撫でながら、首を横に振る。 ダメだ、これ以上は無理。 半分泣いているように見えるのは、なぜだろうか。 「先生も長旅で疲れているみたいですから。 あとでゆっくりご挨拶しましょうか」 女の人がたしなめると、元気な返事が返ってきた。 なんというか、昔の自分みたいだ。 ああいうふうに、困らせていたのかな。 今になって夏美の言う「目立っていた」の意味が分かった気がする。 「ねー、あの人は?」 一人が私を指さす。 「彼女もここで避難していたそうです」 「こんにちは! 私、キスカっていいます! よろしくお願いします!」 その場で頭を下げる。 うさぎのぬいぐるみを抱いている女の子が話しかけてきた。 しゃがんで、目線を合わせる。 「ね、おねーちゃんも、雨でけがしちゃった?」 「雨?」 「そう。まいにち、ふってるでしょ? だいじょうぶ?」 「私は平気だよ。ここにずっといたから」 「ずっと……?」 不安そうに見つめている。 そんな暗い表情をさせちゃだめだ。 「でも、そんな長い時間じゃないから。 通りすがりに建物に入って、雨宿りしてたんだ。 本当に助かっちゃった」 「そっか。よかった」 ほっとしたように笑う。 その子は私の手を握りしめる。 「おねーちゃんといっしょ」 子どもたちが落ち着いてから、細い通路をずっと歩いていた。 天井の蛍光灯は冷たい光を放っている。 「あの、彼女と知り合いなんですか?」 こっそりと聞こえないように、タチバナさんに話しかけた。 「そんなわけないでしょう。 適当に話を合わせているだけだ」 その割には、会話が成り立っている。 コミュニケーション能力が高いというか、頭がいいんだな。 その上、見た目もいいだなんて、完璧じゃない。 「細かいことはまた後でいい? 私、かなりランクが高い役職にいるみたいだから」 「そうなんですか?」 「どうも他にも先生がいて、彼らのまとめ役だったらしい」 「教頭先生みたいな感じですか?」 「まあ、そんな感じなんだろうなあ……何でこんなことになったんだろう」 ため息をついた。 最後の一言は聞こえないように、空気と混ぜるようにつぶやいた。 「あの子たちからも話を聞いてみてくれないかな。 ここの人たちは何かを抱えているみたいだから」 目を細めて、前を歩く彼女を見る。 今は子どもたちの話し相手になっている。 わいわいと大騒ぎしながら、ずっと話している。 「大丈夫。事情がそれぞれあるから、より複雑に見えるだけで、意外とシンプルなもんなんだ。誰かに話すだけでスッキリすることも、あるだろうしね」 今は元気に見えるだけで、本当は悲しい何かがあった。 誰にも気づかれないように振舞っているのかもしれない。 見えない何かを見抜いたんだ。 「とにかく、今は情報が欲しいからね。 人の言葉をちゃんと聞いて、相手から話をさせるようにね」 とんでもないことを言ってのける。 自分からあれこれ話したがることが多く、聞き役に回ることは滅多にないというのに。 「ここまでうまくいくと後が怖いよ……」 ふたたび誰にも聞こえないように、低い声でぼやいた。
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